【推薦ポエム品評会】第4回 『イノセンツ』品評会
著名人による新作映画の推薦コメント。それは今や洋画宣伝に欠かせない要素であり、ときにビジュアルやあらすじよりも強力に見る者の鑑賞意欲を喚起する。こうしたコメントは宣伝であるからして、それがどんなにつまらない映画でもあからさまに貶すようなものはない。しかし、とはいっても書くのは人間。コメントを頼まれたはいいが褒めるに褒められない、しかし頼まれた仕事は断れない。そんなこともあるだろう。また逆に、あまりにも映画が面白すぎて冷静にはコメントすることができない。そんなこともあるだろう。
そこに、ポエムが生まれる。商業と芸術、仕事と趣味、理性と感情のせめぎ合いの末に生み出される映画宣伝の推薦ポエム。宣伝の役目を終えれば誰に顧みられることもなく忘れられていく推薦ポエムを、確かに存在したものとして記録に、そして記憶に残す。そのために品評を行うのが本コーナーである。
監督・脚本のエスキル・フォクトも影響を名言していることから「北欧版『童夢』」とも呼ばれる『イノセンツ』は、同じ団地に住む小学生の子供たちが超能力に目覚め、次第に心のバランスを崩していくさまを瑞々しく生々しいタッチで描いたサイキック・サスペンス・ホラー。ホラーでありながら超能力という題材を通して子供の持つ可能性を想像力豊かに描き出した感動作でもあるが・・・超能力といっても登場するのは物を少し動かすだけの念動力やテレパシーぐらいなのではっきり言ってその絵面はかなり地味。となれば推薦コメントの出番である。今回もなかなか面白い推薦コメントが揃っていたので品評していきたい。なお引用はすべて公式サイトhttps://longride.jp/innocents/から。
ラストシーンは完全に大友克洋『童夢』へのオマージュ。
大山顕(団地研究家)
『童夢』の舞台は埼玉の団地だったが、こちらは森と水辺に囲まれた北欧の団地。
その美しい風景が日本とはひと味違う恐ろしさを演出している。
確かに団地を舞台にした映画ではあるし、団地という場が重要な要素になっていることは間違いない。団地映画の震源地といえば長らく日本だったが、近年ヨーロッパ発の団地映画が存在感を増しており、解体の決定された団地と宇宙飛行を結びつけた奇想天外な青春団地映画『ガガーリン』も記憶に新しい。『イノセンツ』もまた団地映画の新たな傑作として映画史の最新ページにその名を刻むことだろう。
したがって団地研究家・大山顕に推薦コメントをもらいに行くという配給の判断は誠に正鵠を射たものと言えるが、同時に「なんで団地研究家やねん」のツッコミも作品のシリアスな世界観とのギャップから生じてしまい、正しいが間違っている気がするというアンビバレントな推薦コメントに期せずしてなってしまっている。「その美しい風景が日本とはひと味違う恐ろしさを演出している」の結びもなんとなくマンションポエム風でちょっと面白い、奇妙な味わいの推薦ポエムといえるだろう。
もうやめてくれと思ってもやめてくれない。
尾崎世界観(クリープハイプ)
ずっと子供を怖いと思っていたけれど、やっぱり間違ってなかった。
この作品のお陰で、これから心置きなく子供を怖がれる。
クリープハイプのフロントマン尾崎世界観は独特の詞世界で人気を博しているアーティストだが、ここでも推薦コメントでありながら同時に歌詞でもあるようなポエムを寄せており、さすがの一言。「この作品のお陰で、これから心置きなく子供を怖がれる」の余韻が素晴らしい。
無邪気さ(イノセンツ)と結びついたパワーが、
杉山すぴ豊(アメキャラ系ライター)
邪悪(イビル)より恐ろしい事件を招く。
この夏、サイキックの君たちもどう生きるか、
超能力スリラーの新たな傑作誕生!
「無邪気さ(イノセンツ)」と「邪悪(イビル)」、この文字並びの放つ厨二感は只事ではないが、それよりも注目すべきは『イノセンツ』めちゃくちゃシリアスな映画なのになんだかちょっと笑える感じの映画なのかなと錯覚させてしまうところであろう。「超能力スリラーの新たな傑作誕生!」ってそんなテンションになれる映画じゃないし、あと宮崎駿の『君たちはどう生きるか』まで全然関係ないのに絡ませてきちゃった!この映画の推薦ポエムとしては異彩を放つ、怪作である。
無邪気な子供達が、
岡奈なな子(YouTuber)
もし超能力的な力に目覚めてしまったら・・・
純粋ゆえにどこまでも残酷に、どこまでも不気味でじっとりと生々しい。
でもどこか身近で懐かしく、誰だって魔法が使えたあの日を思い出す。
『イノセンツ』という作品の持つノスタルジーに着目した推薦ポエムである。劇中の子供たちを理解できない恐ろしい存在として見るか、自分にも経験があるようなノスタルジックな存在として見るか、このあたり鑑賞者によって明確に分かれるところであろうが、「わかるからこそ恐ろしい」ということもある。最初に主人公が超能力を目にした時、それはたしかに絵本の中の魔法のようでわくわくさせるものだった。それが次第に肥大していき絵本の夢が悪夢へと変貌していく恐ろしさは『イノセンツ』という作品の本質ではないだろうか。
子供は無垢な存在でもなんでもなく
寺田克也(漫画家)
単に小さな追い詰められた野生動物であるという事を
大友克洋の傑作「童夢」を借りて炙り出した怖い怖い映画。
子供が無邪気で可愛らしい保護されるべき存在とされたのは人類の全歴史からすればごく最近のことであると歴史学者フィリップ・アリエスは名著『〈子供〉の誕生』で説いている。中世以前の世界において子供は「小さな大人」であり、本質的には大人と変わらない。子供の領域と権利が確立されつつある現代社会ではほとんど見られなくなった通過儀礼が、中世や未開社会では社会的な行事として重要視されていたのは、それがなければ子供と大人を区別することができなかったからなのかもしれない。
こうしたある意味で中世的・未開的な観点に立ち返って子供を「追い詰められた野生動物」と表現する寺田克也は、子供をあくまでも子供として扱い大人と同等の存在とは見なさない現代社会よりも、逆説的に子供を尊重しているとも言える。乾いた眼差しの中の一抹の優しさが見える、ハードボイルドな推薦ポエムである。
これはどういう衝動なの?
清水崇(映画監督)
世界を、心を見据え、成長していくってどういう事?
丹念に繊細に鋭く紡がれた4つの魂の交流は、
僕の期待値を軽く凌駕した。
無垢なる感性が狂気を孕み、痛みが暴走していく――――
なにがなんだかよくわからない。読んでるこちらが「どういう事?」と言いたい。ただしヤバそうな映画であるということは伝わる。よくわからないがきっとヤバイ・・・これは清水崇監督の作風でもあるだろう。
というわけでざっと見てきた『イノセンツ』推薦ポエム。今回の特選はこちらです。
超能力を真摯に描いた傑作。
乙一(小説家)
子どもたちの無垢な魂が繋がる様は、恐ろしくも美しい。
団地を舞台とするサイキックバトルの描写に胸が熱くなった。
映画の推薦コメントとなればみんな言葉を捻るもの。尾崎世界観のように自らの世界観を短い言葉で鋭く表現する推薦者もいれば、清水崇のように言葉を弄びすぎてなんだかよくわからなくなっている推薦者もいるが、そんな中で乙一のこの推薦ポエムは言葉選びがまったく素朴、「団地を舞台とするサイキックバトルの描写に胸が熱くなった」って小学生の感想じゃないんだからと思わず言いそうになってしまったほどだ。
しかし、その素朴さがまさしく「イノセント」とは言えまいか。思えば初期の乙一の小説は子供目線のものばかり、子供のイノセントがその時期の作家のテーマだったと言っても過言ではないだろう。イノセントを描き続けてきた乙一の「団地を舞台とするサイキックバトルの描写に胸が熱くなった」は、推薦ポエムとしては拍子抜けの素朴さがかえって作品の持ち味を引き出し、同時に乙一という作家を端的に表現してもいる。よって特選である。