【こないだビデマでこれ買った】Vol.32 『Io zombo, tu zombi, lei zomba』を買った
傲りだった。一口に輸入盤ソフトといってもリリース国はさまざまであり、当然劇中の使用言語もさまざま。にもかかわらず、あるいはだからこそとも言えるが、まぁ大抵のやつには英語字幕ぐらいは付いてるだろとなんの根拠もなく思い込んで買ったところ、このイタリア映画Io zombo, tu zombi, lei zombaのイタリア盤DVDには英語字幕なし。考えてみれば日本国内で売られている日本映画のDVDなんか英語字幕どころか日本語字幕も付いてない仕様がむしろ一般的なぐらいであり(バリアフリーの観点から増えてきている気配はあるが)、それは他国においても概ね同じなんじゃないだろうか。たしかに英語はユニバーサルな言語だが、世界はアメリカを中心に回っているわけではないのだから、そんなことは当たり前。その当たり前に思い至らなかった無自覚の英語/アメリカ中心主義をひっそり恥じつつ見ることとなったIo zombo, tu zombi, lei zombaなのだった。世界の多様性を教えてくれるビデマさんである。
イタリア映画なのでもちろん言語はイタリア語。何を言っているのかは一言もわからないが、しかしおそらくこれはこんなストーリーの映画らしかった。太っちょの墓守がこれから埋める予定の死体三体(墓場の目の前で衝突事故を起こして死んだ)の傍らで暇つぶしにゾンビものの小説かなんかを読んでいたらアラびっくりそのテキストが呪文となって死体三体が蘇生したっではあーりませんか。その事実に仰天した墓守はショック死するが三人のゾンビがゾンビ呪文を読んでくれたおかげでゾンビとして蘇った。ゾンビになったというのに悲愴感をまるで感じさせない四人。普通に喋れるし歩けるし別に何か困ってるわけでもないためだが・・・いや、困っていることが一つあった。ゾンビは人肉を食べるもの。お腹も空いたしそろそろ俺たちも人肉を食べたい!
ところが四人の人肉食作戦はことごとく失敗。なぜか獲物に近づく時だけゾンビ歩きになるのでそれを見た人々にはすぐ逃げられてしまい、道端に倒れて車を停めようとしたら停まってもらえずそのまま轢かれて痛い(でもゾンビだから骨とか折れても間接をグギッ!ゴギッ!ってやると治る)。そこで四人の中のインテリゾンビが考案したのがレストラン付きホテルの経営。『注文の多い料理店』の要領でお客さんを食ってやろうという魂胆だったが、やってくるのは人間のくせにゾンビよりもゾンビっぽい腐りかけの男(顔から汁とか出る)、いたずら好きで四人のゾンビたちをあははゾンビだゾンビだとからかっては足を引っかけて転ばせるクソガキ付属の家族などクセモノばかり、その注文に追われて四人はぜんぜん食欲を満たせない(はよ食えや)。やっと食えそうな酔っぱらったオッサンが来たと思ったら話しているうちに意気投合してしまい食えなくなるという体たらくであった。
そうこうしているうちに四人は新しく仲間に加わったもう一人のゾンビがスパゲティを食っているのを目撃する。「な、なにをやっているんだ・・・?」「お腹が減ったからごはん食べてるよ」。たぶんこんなやりとりをした後、墓守はおそるおそるスパゲティを食べてみる。う、うまい!そうか、ゾンビだから人肉を食さなければならないというのは先入観に過ぎなかったのか!かくして四人の食糧問題は解決したのであったがそこへゾンビ出現の報を聞きつけた軍隊が到着、いまさら人間食べませんなんて言っても聞いてもらえるわけもないので銃撃されながら四人とあとなんとなくのノリでいつの間にか仲間に加わっていた人間のエロいねーちゃんは近所のスーパーマーケットに逃げ込む。そこで四人が目にしたのはショッキングな光景であった。ゾンビの流血を求めてスーパーのガラス窓の向こうに蠢く人、人、人・・・「ぞ、ゾンビだ~!」追う立場から一転追われる立場となった四人のゾンビたちにとって、今や人間こそがゾンビなのだった。
そんな人間たちについに追い詰められた墓守ゾンビはなぜかスーパーに設置されたギロチン台にかけられ、そして・・・墓守が目を覚ますと、そこはいつもの墓場。そう、今までの出来事はすべて夢だったのだ!その日は葬儀の当日、埋められるのはレストランにやってきた例の腐った男で、参列人は夢の中でゾンビ仲間だった面々、墓守の部屋の冷蔵庫に貼られているエロポスターのピンナップ・ガールは一緒にスーパーに逃げ込んだあのエロいねーちゃんだ。昼休みにゾンビ小説を読みながら眠っちゃった墓守はその日の出来事を基に夢を見たというわけだねぇ。さて仕事再開、墓埋めにかかると、そこで夢で見たのと同じ衝突事故がまたしても墓場前で発生。凍りつく墓守。まさか・・・あれは正夢!?ということは俺はこれからゾンビになるのか!?ひゃあ~!怖くなって墓守は仕事をおっぽり出して逃げるのであった。おしまい。
イタリア語は知らないので何を言っているかはまったくわからなかったが画面を見ていれば何をやっているかはほぼ完全に理解できたので言語の壁というのは厚いようで薄いところはうっすいものだ。血なんかほぼ一滴も出ないしゾンビは普通に人間してるしゾンビ映画というよりもこれは一般にイタリア式喜劇と呼ばれるジャンルの映画だろう。ドリフ的なわかりやすい笑い、プロットはあまり重要ではなくスケッチの数珠つなぎのような構成、バカバカしさの中に少しの苦味と教訓を含んだ展開。そのようなコンテクストの低い=誰でもわかるような映画がこのIo zombo, tu zombi, lei zomba、ようするにとっても頭を使わないで気楽に楽しめる映画ということだ。
公開年はロメロの『ゾンビ』と同じ1979年となっているのできっと『ゾンビ』のヒットを受けての便乗企画だったんだろう。ガラスを介したスーパーでの人間とゾンビの関係の反転シーンは言うまでもなく『ゾンビ』のパロディ。最終的にロメロが遺作『サバイバル・オブ・ザ・デッド』において「ゾンビも牛肉とか食べればいいんじゃない?」みたいな新境地ともちゃぶ台返しとも捉えられる結論に達したことを思えば、ゾンビが途中で普通に飯を食えばいいことに気付くこのIo zombo, tu zombi, lei zombaはロメロの晩年の思考を先取りした早すぎたゾンビ映画と無理矢理言えないこともないかもしれない可能性がゼロとまでは言い切れない。いや、それどころではない。『ゾンビ』と同年公開の便乗作という意味では『サンゲリア』と並ぶイタリアン・ゾンビの記念碑的作品だし、ずっこける夢オチからのもしや正夢!?の展開は翌1980年公開の元祖走るゾンビ映画『ナイトメア・シティ』を思わせ、墓守が主人公のオフビートなゾンビ・コメディという点はイタリアン・ホラー冬の時代の徒花『デモンズ’95』と重なる。
中身はゾンビ映画的見所皆無のしょうもないジョーク映画なのになんなんだこの無駄にゾンビ映画史の節々と繋がるミッシング・リンクぽさは!Io zombo, tu zombi, lei zomba、実に侮れない映画だ・・・。