【猛暑を冷ませ!極寒映画特集!】これさえ見ればクーラーいらず!極寒映画10選!(オマケ付き)
お天気ニュースによれば観測史上最も暑かった昨年の夏に匹敵する暑さになるかもしれないと予測されている2024年サマー!帽子や日傘の使用、頻繁な水分補給などによってみなさん熱中症にならないようにしてもらいたいものですが・・・しかしそれだけでこの暑さはしのげるものではないッ!そうだね!映画だね!こういう時はクーラーの効いた部屋で寒い映画を見るのがいいと思います!それもたっぷり寒い極寒映画を!
ということでムビトイ執筆陣が選んだ極寒映画10選オマケ付き!精神論で熱中症は防げませんが、寒い映画を見ればなんとなくクーラーの効きも良くなったように感じられるでしょうから、これを読めば電気代も浮くかもしれない!!!
ポンヌフの恋人(1991)
さて今回は寒い映画特集ということだがこの『ポンヌフの恋人』は私の記憶が確かならばVHSとかDVDのソフト版のジャケットは雪の中で抱き合う主役の恋人同士の画像だったはずである。ほう、冬が舞台の恋愛映画かという感じだがジャケットのシーンは確かに作中屈指の印象的なシーンではあるものの冬だけが舞台の映画というわけでもない。むしろ『ポンヌフの恋人』といえばフランス革命200年祭で花火が乱舞する中、橋上で踊りながら抱き合う二人のシーンであろう。確かそのシーンは夏だったように記憶している。
じゃあ『ポンヌフの恋人』の何が寒い映画なのかというと、それはもう一言で言うと懐が寒い映画なんですよ。初見時に私がこの映画で一番びっくりしたのもそこなんだけど、本作の主役二人はホームレスなのである。そりゃ金なんか持ってないわな、となってしまうが、いやいやそれよりも恋愛映画の設定で主人公の男女がどっちもホームレスとかどういうことだよ! って思いますよね。恋愛映画ってもっとキラキラしててそういうキラキラ感に憧れるような作りになってるもんじゃないの? と多くの人は思うであろう。私もそう思います。
でも本作の主役はホームレスである。ドイツ語ならルンペンです。ルンペン映画って言ったら絶対恋愛モノだとは思わないよな。でも本作は主役二人の生きるの下手くそすぎるだろというホームレスライフもグッときてしまうんですね。最後までホームレスのままで懐が素寒貧なのもいい。ちなみに懐が寒いのは映画の主役だけじゃなくて本作はバカみたいな規模のオープンセットを作ったせいで製作費が莫大にかさみ、何度か制作中止の憂き目にもあったのだという。映画の登場人物だけでなく監督のレオス・カラックスの懐も激寒になってしまった映画なのである。その経済的にギリギリな極寒を味わってみるのもいいのではないでしょうか。
(ヨーク)
コンパートメントNo.6(2021)
夜行列車の旅は、夏よりも寒々しい冬の方がよく似合う、と個人的には思う。恋人にドタキャンされて一人旅になってしまった女性が、夜行列車で同じ客室になってしまった粗野な男と旅をする映画『コンパートメントNo.6』出会い方が最悪だった2人が絆を深めていく恋愛映画と行って差し支えないだろう。舞台はロシア。目的地は北極圏のムルマンスクという都市だ。どのシーンもロシアらしく寒々しいが、特筆すべきは終盤にある吹雪のシーンだ、見ているこっちが心配になるレベルの吹雪である。だけどこの女と男は、猛吹雪をもろともしていないのがおかしい。2人が寒さに強い育ちだからかもしれないが、この映画で最もハッピーなシーンがこの吹雪のシーンだから…かもしれない。
これを見た時、『バッファロー66』のラストシーンを思い出していた。鬱々とした映画の最後にヴィンセント・ギャロが揚々とハートのクッキーを買うシーンだ。恋する男女は最強なのだ。全編通して画面は寒々しい映画だが、人の温かみを感じる映画だ。心まで冷え切る心配はない。人生に疲れた時、行きて帰りし列車旅はシンプルで良いかもしれないが、レールから外れる何かが有って、結局救われるのかもしれない、人は。
(左腕)
燃えつきた納屋(1973)
とある雪深い農村で若い女性の死体が発見される。「燃え尽きた納屋」と呼ばれる農家を切り盛りする大女将・シモーヌ・シニョレにはある一つの疑念があった。殺人事件があった夜、二人の息子は出かけていて不在だった。居場所を聞いても判然としない答えが返ってくる。もしや、息子たちが犯人では・・・?
大家族を守ろうとする母(シモーヌ・シニョレ)と詰めよっていくいく判事(アラン・ドロン)の静かな心理バトルを描いたミステリーである。雪・田舎・殺人・大家族と並べると、まるで横溝正史のようなシチュエーションだが、あくまで二大スターの演技を楽しむ作品なのでフランス版『母なる証明』と言った方が正しいか。
アホ息子・弱い嫁・まるで存在感の無い夫を一人で支えなければならないシニョレ、一家に同情し警察の捜査に反対する村人たち、敵ながら紳士的な態度を崩さないドロンと、一筋縄ではいかぬ人間関係の末に訪れる意外な結末が印象的。ジャン・ミッシェル・ジャールが手掛ける変な音楽も不思議と作品とマッチしている。寒い家族映画の佳作です。
(ウチ/ATISN)
クィンテット(1979)
近未来の地球は寒冷化であっちもこっちも凍りついて人類文明はほぼおしまい、残された人々は奇妙なゲームに興じてひたすら現実逃避するのであった・・・という1970年代ぐらいの陰鬱SFならよくありそうなお話の映画だが、監督はハリウッドの異端児ロバート・アルトマン。『ギャンブラー』でも見事な寒冷地映像を撮り上げたが(撮影ヴィルモス・ジグモンド)、こちらは寒冷地どころか氷河期突入の地球とあってひたすら寒い映画となっている。
何が寒いってまぁ映像も氷ばっか出てくるから寒いがストーリーがよくわからなくて寒い。よくわからないルールのゲームに興じる人々とその背後に隠されたよくわからない陰謀、それに巻き込まれて氷洞から氷洞へとフラフラ頼りなく歩き回る主人公のポール・ニューマンも流れ者だしよくわからない。全体的によくわからず面白くもなく、ある意味アルトマンの代表作『ロング・グッドバイ』のSF版と言えなくもないのだが、『ロング・グッドバイ』みたいなジャジーなユーモアもなく、こちらは観た後にただただ冷たい感触だけが残る。テキサスの荒野さえ不条理な冷めた空間に変えてしまう『三人の女』のアルトマンによる、たぶんフィルモグラフィー中もっとも寒い映画。
(さわだ)
八甲田山(1977)
蒸し暑い日々が続いてなんかイヤだなぁ…と思っている人にオススメな映画はコレ!いろいろな意味で体の芯から冷たくなる一作、『八甲田山』だ! 舞台は1902年(明治35年!)の青森県。実際に起こった「八甲田雪中行軍遭難事件」を題材にした小説があり、今作はそれを映画化した作品である。フィクション部分もたくさんある映画だが、行軍計画の杜撰さからは今でも続く日本組織の負の部分が垣間見えてなんともゾッとさせられる気持ちになる。
迫りくる対露戦に備えて突如持ち上がった、冬の八甲田山行軍計画。この作品では弘前出発組を率いる徳島大尉(高倉健)と青森出発組を率いる神田大尉(北大路欣也)が八甲田山で落ち合う事となっていた。現地での案内人も使って慎重に行軍を進めてゆく弘前出発組に対し、あとからの大幅な増員のため、おおきなソリを率いる事になった青森出発組。この鮮やかな対比からはこの事件が天候によるものでは無く、ほぼ人災であった事がビシビシと伝わってくる。そもそもこの計画に対して上層部からは準備・予算も下の者に丸投げだったり、行軍の途中で階級が高い山田少佐(三國連太郎)が出しゃばって村人からの案内の提案を断ってしまったりと、今でも続く日本の組織のイヤな部分がドンドンと見えてくる。
その結果青森出発組を待ち構える地獄なような光景。カチカチのおにぎり、混乱のため上着を脱ぎ捨てる隊員たち、ホワイトアウトの先に待ち構える突然の崖、手が凍ってズボンが下ろせないために下着の中で固まってゆく小便…準備不足のために雪の八甲田山に蹂躙されてゆく隊員たちの絶望的な光景が画面一杯に映し出される…。また別の点で衝撃的なのは、この映画の雪崩のシーンは実際にダイナマイトを爆発させて人工的に起こしているらしい。完全にカメラが雪崩に飲み込まれるんだけど、死人が出なかったのが奇跡的…。CGでは出せない迫真の映像がここにはある。
途中で挟み込まれる夏の八甲田山やねぶた祭りの光景があまりにも切ない。しかも最後のシーンで徳島大尉率いる部隊も日露戦争で命を落とすことが語られる。芥川也寸志の壮大な音楽も相まって、大きな運命に対する人間の非力さを思い知らされる。そう考えると『八甲田山』こそが日本の勤め人たちの『ルックバック』なのかもしれませんね(!?)。青森の雪山に消えてゆく男たちの背中を目に焼き付けろ!
(ぺんじん)
ノロイ(2005)
極寒と聞いてまず最初に浮かぶのは、真夏の劇場で見た『八甲田山』。こりゃあ心の底から涼めるぜ!と気軽な気持ちで見たものの、空調のパワーとあまりの内容に、冗談などとても言えるような気持ちにならず、悪寒は数日間続いた。
さてこの題材でホラーをチョイスするのはいささか短絡的だが、未見の方はぜひ『ノロイ』をこの夏見てほしい。今やJホラーの権威と言っても過言ではない白石晃士監督であるが、キャリア初期にして世界的最高傑作なのが本作である。 内容の素晴らしさは去ることながら、更に素晴らしいのは本作が「本物」であると売り出したヤマ師的興行である。当時中学生だった私は、とんでもない物を見てしまったと恐怖した。こういうインチキ興行はこれまでにも散々あった。『スナッフ』『ギニーピッグ』『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』…。しかしいつからかこういった商売は流行らなくなった。最近、フェイクドキュメンタリーやネットの怪談も増えたが、ここまで本気の嘘は見ることがない。資本が絡むとコンプライアンスなど様々な制約があるのだろう。大手映画会社の製作で生み出された、インチキ興行史最後の輝きが本作であったと思う。ちなみに、本作を見た友人は失踪したきり、今も見つかっていない。
(二階堂 方舟)
スモールフット(2018)
本作のタイトルは『スモールフット』だが、何だよそれビッグフットなら知ってるけど…と思う方は多いであろう。わざわざ説明するまでもないとは思うがビッグフットといえばいわゆるイエティ、つまり雪男のことである。最近ではかつてのUMAやオカルトブームなど本当にあったのかと疑いたくなるほどなりを潜めてしまって雪男やツチノコやネッシーなどが話題に上がるようなことはほとんどなくなってしまった。そんなご時世で(とは言っても5年以上は前の映画だが)この『スモールフット』はイエティに材を取ったUMAネタを拾ってくれたのである。
イエティネタなので舞台は当然極寒の雪山。極寒映画特集にぴったりである。だけどぶっちゃけそういうのはどうでもいいんですよ。この映画、個人的には結構な名作なのにディズニーでもピクサーでもイルミネーションでもないせいかイマイチというか、かなり知名度が低くて全然見られていない気がするんですよね。だからこの機会に推したかった。
内容は当然親子そろって楽しめるお話で、イエティ側と人間側の他種族同士が相互理解を深めるお話なんだけどお互いの無知や偏見を乗り越える様がそれぞれの立場の目線から非常に丁寧に描かれていて、とにかく脚本や演出が上手い映画なんですよ。あまりピンとこないタイトルの『スモールフット』というのもイエティサイドから見た人間のことってわけですね。舞台は極寒の雪山だけどイエティ側と人間側、それぞれの主役の友情がとても熱い! 見た後は冷え冷えした気持ちではなく暖かな気持ちになってしまうので、そういう意味では極寒映画ではないですがオススメです。
(ヨーク)
眼には眼を(1957)
具体的にどこかはわからないが北アフリカの貧困国で医師をしている主人公はある日仕事に疲れて一人の患者に適当な診断を下してしまい、それが原因で患者は死んでしまう。罪の意識に苛まれた医師は患者の住んでいた砂漠の村を訪れるが、文化も言葉も違う中で医師の謝意はなかなか伝わらないらしい、でしょうがないので帰ろうとすると案内を申し出たのが死んだ患者の夫。気まずい気もしたが他に方法もなかったので医師は患者の夫の導きで砂漠に足を踏み入れるのだが、そこは出口のない迷宮だった・・・。
北アフリカが舞台だし映画の後半はずっと砂漠なのに見ているとどんどん心が寒くなっていく。最初、死んだ患者の夫は「でも手を尽くしてくれましたからね、お医者さんには感謝しないと」みたいな感じなのだが、彼に従い歩けど歩けど砂漠の出口は見えてこない。そのうち医師は疑心暗鬼になってくる。もしかしてこの男、本当は俺を恨んでいて、ここで殺そうとしているんじゃないか・・・?だが歩けど歩けど患者の夫の本心はわからない。それがひたすら不気味。許せないなら許せないと素直に言ってくれればいいのに患者の夫は決してそう言おうとしない。だから地獄の砂漠彷徨も復讐なのか、それともそうではなく単に患者の夫も迷ってしまっているだけなのかわからない。二人ぼっちの砂漠旅はやがて医師の罪悪感が生み出した幻のようにも思えてくる。その顛末ときたらもう・・・血も凍るね!
(さわだ)
処刑山 デッドスノウ(2009)
ゾンビ映画はホラー映画の中でも特に人気が高いサブジャンルであるが、その中でもまたいくつかのカテゴリに区分けが出来、その一つにナチゾンビというものがある。これはその名の通りB級映画界のフリー素材ことナチスが生み出したゾンビに襲われる…というホラー映画のことを指す。そんな現代ナチ・ゾンビの代表的な一本と言えるのがこの『処刑山 デッドスノウ』だ!
話としては雪の山小屋に休暇にやってきた大学生がゾンビとして復活したナチ兵に襲われる…というもの。この映画の特徴はまずなんと言ってもゾンビがやたらと強い!ナチゾンビは所謂ロメロ的なゾンビとは違い、ある程度知性を保っている事が多い。しかも今作のゾンビは身体能力も何故か超強い!そしてナチスなので超残酷!血出まくりはらわた出まくりである。そんなの完全に詰みゲーだろ…と思ったが、しかし、この映画何故か大学生側もやたらと強い!監督はトミー・ウィルコラ。これは昨年『バイオレント・ナイト』という傑作サンタアクションを監督した方である。記憶に残っている人も多いのではないだろうか?15年前の今作の時点で彼の勢いが凄まじい作風はバリバリ確立されていたという訳である…。白銀の世界の中でゾンビ映画史上最寒な一大ゾンビバトルが繰り広げられるクライマックスは必見だ!!!
(ハカタ)
スター・ウォーズ/帝国の逆襲(1980)
スターウォーズは戦争というだけあって。第一次大戦、第二次大戦をリファレンスとして作品は作られた。ちなみに後に作られるアニメシリーズ『クローン・ウォーズ』は毎回、第二次大戦中の映画館で流れるニュース映画風の冒頭から始まるのはそれを元によく考えられた結果だと思う。
「帝国の逆襲」の映画の冒頭30分以上に渡って舞台となる惑星ホスは極寒の惑星だ。雪と氷の塹壕には寒冷地の装備をした反乱軍の兵士たちがいる。これが雪深いスターリングラードのソ連兵のような出で立ちで、並々ならぬ実在感を感じさせる。おそらくだが、ここは独ソ戦を参考にしたと思われる。スターウォーズシリーズの中でも最も泥臭い戦いが繰り広げられるのがこの「帝国の逆襲」の冒頭だ。この惑星ホスは本当に寒そうで、外も寒そうだが、また基地の中もどこも雪と氷が張っている。戦争要素以外にもこの惑星ホスはおもしろいのだが、この星の騎乗に使う生物トーントーンは吹雪をやり過ごす為にその腹を割いて主人公のルークがその中に入り、暖をとるのに利用される。(『レヴェナント 蘇りし者』でも馬の腹を割いて吹雪をやり過ごすシーンが見られのも記憶に新しい)
雪男のような肉食生物ワンパも登場する。寝床は氷の洞窟の奥底で、真っ白な体毛に真っ赤な血をつけて肉を食らう姿が恐ろしい。 余談、ワンパはライトセーバーで右腕を切り落とされ撃退されるのだが、ジェダイは腕を切り飛ばすのが好きなようで、スターウォーズは腕の欠損シーンがやたら多い。
(左腕)
【オマケ】ポリスアカデミー777/モスクワ大作戦!!(1994)
寒い映画といえばこの映画を挙げないわけにはいかない。一世を風靡し6作もの続編が製作された警察コメディ『ポリスアカデミー』のシリーズ最終章である。これは寒い。何が寒いってそりゃギャグが寒いというのもあるだろうがそれ以前にギャグがないというか、元々の『ポリスアカデミー』はマグナムをぶっ放したくてたまらない異常者とかどんな音でも真似してしまう音声カメレオン人間とか警官(候補生)にあるまじき奇人変人が一同に介してドタバタを繰り広げるアメリカの『ハイスクール奇面組』みたいな映画だったのに、シリーズを重ねる毎に呆れてしまったのか奇人変人レギュラーメンバーが次々と離脱していき、シリーズ5作目からは主人公だったスティーヴ・グッテンバーグまで降板、当初7人ぐらいいた奇人変人たちはこの最終章ともなると3人ぐらいしか続投していないので、ギャグをしようにもする人がいない!
もはや『ポリスアカデミー』として成立していないのでこれがシリーズ最終作となってしまい、面白いとか面白くないとか以前にその終わりっぷりが寒すぎるし、残ったレギュラーメンバーはラサール校長役の人を除いてアフリカ系なのでブラックスプロイテーション映画のようになってしまっているのも、舞台が極寒の地モスクワというのも寒いので、こうなるとなんだか逆にすごい映画なんじゃないかと錯覚してしまう。こんなに寒い映画なのに『ポリアカ』の顔として一人異常に気を張るラサール校長が「お前らの誰一人として、この私が死なせはせん!!!」と叫ぶシーンはこれまでのシリーズ作の名シーン迷シーンが脳内に去来し不覚にも感動。そう考えると、めちゃくちゃ寒いのに、いや、めちゃくちゃ寒いからこそ、それでも頑張る残留組の頑張りに心を揺さぶられる、実はアツい映画なのだ!笑えるところはほぼありませんが!
(さわだ)