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特集

【ハロウィン特集2022】家でだってハロウィンは楽しめる!ハロウィンおすすめ映画10選!

新型コロナウイルス禍ですっかり目立たないイベントとなってしまったハロウィンも行動制限の解除された今年はなにやら賑わいそうな気配。久しぶりの外ハロウィンを楽しむ人も多いだろう・・・だがしかし!だからこそあえて!家でのんびり映画を楽しむハロウィンなんてのも乙なものなのではないだろうか!
ということで当ウェブZINE執筆陣がおすすめハロウィン映画を10本厳選!みなさまぜひぜひコスプレをしてご鑑賞くださいね~!

ビートルジュース

ハロウィン&クリスマス映画の定番といえばティム・バートン製作・コンセプトデザインの『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』。だがティム・バートンにはもうひとつハロウィンにうってつけな映画がある。それがこの『ビートルジュース』。ひょんなことから死んでしまい地縛霊となった夫婦の家に生きた人間の家族が越してくる。幽霊夫婦には人間家族が見えるが人間家族にはゴス娘ウィノナ・ライダー以外は幽霊夫婦が見えない。こりゃ大迷惑だということで幽霊夫婦は静かな幽霊生活を取り戻すべく霊界のなんでも屋・ビートルジュースを呼び出すのだったが…。

オスカー・ワイルドの風刺幽霊譚『カンタヴィル家の亡霊』の翻案と思しきこの映画、素晴らしいのは若きティム・バートンの奇想の赴くままに創造された少しグロテスクでユーモラスな霊界住民たちと、幽霊と人間ののほほんとしたコミカルなやりとり。人間家族を怯えさせるために白い布を被ってオバケの声を出す練習をする幽霊夫婦には大笑い、マイケル・キートン演じるビートルジュースの躁的なキャラクターもいかにもバートン的で実に楽しい。歌あり笑いありホラーありアートあり特撮怪獣までありの、ハロウィンに仮装してわいわい観るにはピッタリの映画だ。

さわだきんた

ハロウィンⅡ(1981)

ジョン・カーペンターが創造した『ハロウィン』。その直接の続編である。前作のラストシーンから始まり、あの一夜の続きが描かれる。しかもザ・コーデッツ『ミスター・サンドマン』まで流れる。意地悪!本作でカーペンターは脚本と音楽のみ提供している。その執筆作業も大変に難航し、後年、「失敗だった」とまで言っている。殺人鬼ブギーマンの過去を掘り下げるべきではなかったと。しかしジョン・カーペンターが直々に執筆したブギーマン、マイケル・マイヤーズの過去、である。再生してみれば、劇中で開示される「過去」は仄めかし程度に留まっている。あくまでも惨劇と惨劇を繋いで、映画にするための装飾だと言ってしまっていい。その惨劇にしても前作を正統に継承し、じっくりと撮られている。「ブギーマン」という存在が都市伝説的に知れ渡っており、ハロウィンの夜にはブギーマンの仮装をした若者も現れる。その偽ブギーマンが流れるように爆死する描写が素晴らしい。

最終決戦のあとにはブギーマンのマスクが燃え、彼が創造者カーペンターによって葬られたことが分かる。火葬だから復活はない。本作のあと『ハロウィンⅢ』の執筆を要請されたカーペンターは、劇中のテレビに第一作『ハロウィン』を映し出す。あのテレビは骨壷だ。何より、この『ハロウィンⅡ』は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズよりも前に公開されている。

コーエン添田

アミューズメント・パーク

 ハロウィンの仮装の定番といえばゾンビ。ゾンビといえば・・・もちろんジョージ・A・ロメロ。
『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』『ゾンビ』『死霊のえじき』など、光り輝くゾンビ映画の傑作群をあらためて紹介する必要はないだろう。しかし・・・ハロウィンに真に相応しいのはこれらのゾンビ映画ではなく、最近発掘された老人虐待衝撃作『アミューズメント・パーク』である。トロくさいじじいが遊園地に行って暴走族に囲まれたり、金がなくて馬鹿にされたり・・・ありとあらゆる酷い目に遭うだけの一時間である。

 なぜこれがハロウィン映画なのか?まずハロウィン当日に映画の中のじじいと同じように白いスーツを着てみよう。(杖も忘れずに!)そして渋谷に行ってみよう。盛り上がっている若者軍団に「もし、お若い方、これは何の集まりですかな?」としつこく聞いてみよう。きっと邪険に扱われるだろう・・・あら不思議!コスプレだけでなく本編の再現もできて一石二鳥!あなたは映画の中の奇妙な遊園地に入り込んだのです・・・。仮装でこんな体験ができるのは本作だけ。映画ファンの力で『アミューズメント・パーク』のじじいをコスプレの新定番にしましょう。

アタイサン

妖怪大戦争(1968)

日本にハロウィンの風習が伝わったのはいつ頃のことなのか定かではないが、少なくともこの映画の舞台となる江戸時代にはまだ知られていなかったことは間違いないだろう。古代バビロニア遺跡で盗掘していた男たちが掘り起こしてしまったのは悪鬼ダイモン(デーモンの原型)。目覚めた場所で悪さをしてればいいものをこのダイモンがどういう風の吹き回しか日本に襲来、お殿様に成りすまして悪事を働くようになったものだからさぁ大変。この危機に立ち上がったのは普段はのんびりと暮らしている日本妖怪たちだった!…というあらすじは、まるでハロウィンという西洋の風習がお盆など日本の妖怪絡みの風習よりも遥かに人気を博している現在を予見しているようで興味深い。

どんなに刺激的な題材でも淡泊で牧歌的な映画にしてしまう大映特撮映画のこと、これもまた壮大なタイトルに反して戦いではなくキモかわいい妖怪たちのユーモラスなやりとりが見所になっているという脱力感だが、争いを好まず気まぐれにイタズラや人助けばかりしている妖怪たちの姿には日本独自のオバケ哲学も見えるし、若者たちの路上コスプレパーティと化した日本のハロウィンの雰囲気に近いのはアメリカのハロウィン映画よりもこの映画の方。面白いか面白くないかで言えばそんなに面白くはない映画だが、こんな映画をあえてハロウィンに観てみるというのもアリかもしれない。なお、2005年には三池崇史監督の手でリメイクもされた(そしてそっちも面白くなかった)

さわだきんた

ダーティハリー4

これはイーストウッド版『サイレントヒル』じゃないか。

かつてイーストウッドは『白い肌の異常な夜』で、片足を切断されるという「邪悪な儀式」に遭っている。そして本作ではソンドラ・ロックが、過去に取り返しのつかない深手(とりわけ精神的な)を負い、復讐鬼となって連続殺人に手を染めていく。私が触れたことのある『サイレントヒル』は映画版で、いかにもゲーム原作という感じだなという印象を受けた。箱庭に入り込んでしまった主人公が、迫りくる怪物たちを撃退するなり、やり過ごすなりして「クリア」していく。その繰り返し。そういえば、イーストウッドとソンドラ・ロックがゲームに巻き込まれる映画が『ガントレット』だった。『ダーティハリー4』のソンドラ・ロックもまた、復讐殺人という「クリア」を重ねていく。そこにイーストウッドがニアミスする。やがて復讐鬼とその標的は役割を入れ替え、ソンドラ・ロックが命を狙われることとなる。その舞台こそが遊園地という箱庭なのだ。

その中心には回転木馬の小屋があり、いかにもなワルツが流れている。かつてそこで行われた「邪悪な儀式」が、劇中では何度もフラッシュバックする。回転木馬とそのワルツが暗闇の中の密室となり、惨劇を呼び寄せる。これは怖い映画だ。

コーエン添田

テリファー

“失神者続出!”活きのいい宣伝文句で日本公開が待たれる『テリファー2』。準備運動として半信半疑で現在配信中の『テリファー』を鑑賞した。

ハロウィンの夜、パーティーを楽しんだタラとドーンは不審なピエロ(アート・ザ・クラウン)を見掛ける。 目が合ったが最期、ピエロは執拗に二人を追い掛け回し、楽しいはずのハロウィンは血に塗れた惨劇の夜に代わるのだったー。

男がピエロメイクを施し、拷問具を嬉々として準備するオープニングから釘付けになること間違いなし。しかもその中にはあらゆる刃物を一つにまとめた鞭のような最悪なDIY武器も…。もちろん肝心のゴア描写もかなり気合が入っている! “ピエロ映画なんて…所詮大したことないんでしょ?”というオーディエンスの舐めた態度を真っ二つに引き裂く! こぼれ落ちる臓物、執拗なまでの頭部破壊、ギコギコ、ガリガリと残虐行為に勤しむクラウンの白いメイクは犠牲となった人間たちの血で真っ赤に染まる。

しかし何より恐ろしいのはクラウンのキャラクター設定。なんと一言も言葉を発しないのだ。言葉が通じているのか、通じていないのか、微妙な立ち振る舞いがリアルで不気味すぎる。表情や、視線、動きなど一つ一つが見る者の不安を煽る。目的もない、ただあるのはサディスティックな殺意だけ。ピエロ映画の最高権威が誕生してしまった…。

心理

メシア・オブ・ザ・デッド

 『アメリカン・グラフティ』『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』の脚本や『ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀』の監督等で知られるハイク&カッツ夫妻が手掛けたローファイゾンビ映画。神秘的なムードと70年代特有の侘しさがハマる人にはハマる傑作である。アメリカ映画ながらヨーロピアンホラーのような雰囲気がたまらない。

 若い女性が行方不明になった父を追い、海辺の小さな町をさまよう・・・というストーリーがあるにはあるが、全編特に説明もなく変なことが次々に起こり、なんの解決もせず幕を閉じる。(予算不足で必要な映像が撮れずこんな作りになってしまったらしい)

 そのせいか登場人物は皆心ここにあらずという感じで、ぼーっと日常生活を送っていたらゾンビがいきなり出てきて、いつのまにかまったり殺されてしまう。怖い!というより気づいた時にはもう手遅れだった・・・という取り残された孤独感の方が強い。(しかし、こんな繊細な映画を作れる人たちが後年『ハワード・ザ・ダック』という珍大作で盛大にすっ転げると思うと、別の意味で恐怖を感じなくもないのだが・・・)

 ぼーっとした奴らの死は哀れだが、愚鈍な自分から解放されるのだから救いでもある。秋の夜長にはこんな抒情的で優しい映画がぴったりだね。

アタイサン

ハムレット(1948)

エッシャーの騙し絵か?と見紛うような異様な造形の城。そして墓場……墓場か?これは。とにかく見たことのないロケーションに置かれたハムレット王子。甲冑を纏った亡霊が語りかける。「I’m your father……コーホー」と。ここだけでも一見の価値がある。いや何見でも。シェイクスピアは知っている。『ハムレット』という作品があるのも知っている。オフィーリアが川を流れる絵も。しかし、シェイクスピアの『ハムレット』に出てくるオフィーリアだというのは知らなかった。

ちくま学芸文庫から、河合祥一郎『謎解き『ハムレット』』というハムレット読解の本が出ている。その表紙がまさに、ジョン・エヴァレット・ミレイの『オフィーリア』だった。おそらく同様の題材をとった絵画の中でもっとも有名なものだ。この一冊を読むために、まずは映画で物語の全体像を見渡すことにした。これだけの名作となると映像化も多い。その中で比較的アクセスしやすく、古いのがローレンス・オリヴィエによるモノクロ撮影の1948年版である。戯曲としての成立時、劇はセットのない舞台で演じられるのが当たり前だったという。その『ハムレット』が想像力逞しく撮られている。複数のセットと見事な編集によってどこにもない奇怪な城が出現している。オフィーリアが川を流れる。憶えるまで何度でも見たいと思わせる映像表現に事欠かない。

コーエン添田

処刑ライダー

 ハロウィンとは元々先祖の霊を迎える古代ドルイド教の行事である。となれば死者が蘇る『処刑ライダー』(86)こそハロウィンに最もふさわしい作品だ。この映画、主人公である処刑ライダーさんの風体がとにかく格好いい。彼が夜の砂漠へ降り立つオープニングは必見。あんなに格好良いのに「路上停車中の追突事故」という地味すぎる方法でチンピラを始末していくのも、かえって好感が持てる。

 また、主人公である処刑ライダーさん役にチャーリー・シーン、ヒロインに『ツイン・ピークス』で有名なシェリリン・フェン、彼女につきまとうチンピラのボスにニック・カサヴェテスという時代を感じるキャスティングもたまらない。特に本作のシェリリン・フェンは茶髪のロングヘアで『ツイン・ピークス』のオードリーとはまるで別人。見比べてみるとデヴィッド・リンチがいかにうまく彼女の魅力を引き出したか一目瞭然である。

 彼女と『ホット・ショット』でレスリー・ニールセンと並ぶおバカスターとして名を上げ、私生活では『裸でチ〇ポを振り回す男』として有名なチャーリー・シーンとのラブ・シーン(韻を踏んでみました)は見ていて妙な緊張感がある。

 小室哲哉は逮捕前にチャーリー・シーンが手掛ける子供服ブランドと販売契約を行っていたらしい。いくら何でもビジネスセンスが無さすぎるだろう。

アタイサン

ザ・プレデター

コロナ禍の前に渋谷ハロウィンを見物にいったらプレデターのコスプレをしたバイク乗りの兄ちゃんだか姉ちゃんだかがいてたまにウィリー走行なんかしながら渋谷駅周辺を流してた。プレデターとハロウィン。一見なんにも関係がなさそうだが、人気シリーズ待望の最新作(当時)として満を持して劇場公開され、そして興行的にも批評的にも厳しい結果となったことで早くも黒歴史化している2018年の『ザ・プレデター』には、兵士の父親が戦地でかっぱらってきたプレデター装備を見つけてしまったいじめられっ子キッズが最強にかっこいいハロウィン衣装と勘違いしてプレデター装備を装着、その威力でいじめっ子を精神的に半殺しにするという誠に夢のあるシーンがあった。

俺もプレデター装備をしてカッコよく街を歩いてみたいなぁ…いい歳こいてそんな夢を持つ恵まれない中高年キッズもこの世にはきっと少なくないだろう。この映画はそんなあなたの夢を半分ぐらい叶えてくれる。脚本は『クリープス』のオタク映画人フレッド・デッカー、監督はデッカーの盟友で『ラスト・アクション・ヒーロー』や『ロング・キス・グッドナイト』などの夢映画の脚本を手掛けてきたシェーン・ブラック。ふたりの大人の身体を持ったキッズの「あんなこといいな、できたらいいな」がありったけ詰まった、バカバカしくも感動的なボンクラドリーム巨編である。

さわだきんた

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