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【追悼・石井隆】干からびた悪夢

 石井隆の漫画で『魔楽』という未完の長編がある。

 主人公は妻と娘を愛する平凡な中年サラリーマンなのだが、休日に山の中の廃屋で拾った若い女を強姦して殺すという恐ろしい裏の顔があった。彼は殺人ビデオの撮影に異様な執着を示し、徐々に犯行がエスカレートしていく。

 おそらく『死霊の罠』の脚本と同時期に描かれた作品だが、村木・名美ものにあった、男女の間のささやかな交情はこそぎ落されている。そこには女の形をした肉人形と、ひたすら破壊することしか考えられない狂った男しか存在しない。

 主人公は一仕事終えて帰宅した後、自室にこもって撮影したビデオを見る。手斧で股を割られる女たちを眺めながら、「やっぱりローアングルだと感じが出るな」だとか「ワンパターンで良くないな」などと、まるで石井隆自身が乗り移ったかのように「自作」を批評してみせるのだ。

 この作品は単なる残酷マンガではなく、過激で屈折した形の自己批判なのである。なので主人公が社会の異物として相応の罰を受け、かりそめの平和が戻る・・・という結末にはならない。
この乾いた傑作に比べると、これ以降に作られた実写映画や、同じ撮られる女の話である『天使のはらわた 赤い教室』も急に湿気た作り話のように感じられるのだ。

 石井隆の訃報をうけ、近藤ようこのツイッターに興味深いことが書いてあった。「奥さんが亡くなってから、漫画が描けなくなったらしい」「留守電のメッセージが長らく奥さんの声だった」・・・
公式ファンサイトのプロフィールに、「映画の道を断念、直後に小学校時代の初恋の女性と結婚」とあった。おそらくその女性のことだろう。

 読んでるだけで泣けそうな良い夫婦の話だと思ったが、ふと思い出した。

 『魔楽』の後書きで、「妻とくだらない喧嘩をした後、気が付いたら机の上にこの原稿があった」と、書いていたことを。

 

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正直映画よりもゲームの方が好きなんだよな