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【追悼・石井隆】まだ憶えているいくつかのこと

この訃報でアマプラに入っていた『GONIN』を久し振りに観た。映画館で観たときは奥山和由プロデュースによくある二時間ドラマに近い作りになってるなと思ってそこまで評価していなかったけど、男同士の暴力と性愛が濃厚でそこはすごくよかったことを覚えていた。ほんとうは『死んでもいい』か『ヌードの夜』が観たかったんだけど、ロマンポルノ以外の名美と村木は配信になくて、レンタルを探そうにも、レンタル店そのものがもうどこにもなかった。

冒頭、球をひたすら打つだけのバッティングセンターは暴力的でネオンは繁華街のキャバレーより派手だ。殴られ過ぎてパンチドランカーになったジミーが打たれるためのボールを仕込み、まじめに働くというのはコメディだなと思った。

自分のスクラップを大切にファイリングしてるところをやくざに暴かれ、馬鹿にされるところは万代という男のだめさがよくわかる。そのどうしようもなさがいい。石井隆は漫画も映画もどうしようもなくなって残ったものをかき集めても暴力しかなく、それをふるった先にいるものに執着して、そこからさらにどうしようもなくなってゆくだめな人間をだめなように描く。こんなだめなものを描く自分という自己陶酔がなく、常に枠の外にいる。暴力と執着がロマンスの一形態として受け入れられるようになった今、もう少し評価されてもいいと思うんだけど、受け入れられる要素として悪人にも悪人の理があることが求められる風潮が強いし、女性相手だと性暴力が多いからどうなんだろう。もしかしてタイからやってきたナミは冷蔵庫の女と呼ばれてしまうんだろうか。

五人が暴力を介して出会い、死で別れる。それぞれに抱えた愛憎もすべて暴力によって一方的に解決させられる。降り続ける雨は路面を濡らし、ネオンを反射し、次の暴力のために血を洗い流す。ただ、荻原は溜めた水のなかで死んだ妻といるところを殺される。妄想と交差する家族とともに殺された荻原、ここだけ時間が澱んでいるなと思った。怖いのは人間系のホラーのようだった。でもあの娘が栗山千明だとは知らなくて、あらーあんな大きくなってたの……!と近所のおばちゃんのような気分になった。

流されず、沈もうとした三屋は結局、ひとりではどこにもいけず、万代の遺骨とともに長距離バスに乗る。晴れの旅立ちだ。騒々しく楽しげな三人のマダムたち。パーキングエリアで乗り込んでくる北野武。最後の撃ち合いで流れた血はシャツやカバーを汚しただけだった。血は流れず、肉体だけがバスで運ばれてゆく。だから、もうここで終わりなんだなと思っていた。血が流れてゆく先はないんだなと思っていたのでサーガには驚いた。終わったと思っていた。驚いたまま、まだ観ていない。これから観るつもり。

それから名美と村木をまた見返して、もう続きはないんだなと思うんだろうという気がする。

最初は漫画で宝島やら夜想、月光あたりの雑誌を読んでるうちに知って古本屋で少女名美を買った。名美と村木の赤裸々なメロドラマと絵が好きだった。映画はその次、インターネットも普及していない時代だったのでこれも雑誌で知った。いうと知ってる人がまわりに何人かいて教えてもらったりしていた。そういう時代だった。『死んでもいい』を観て、それから『ヌードの夜』を観た。初めてリアルタイムで観た石井作品でいまでもいちばん好きだ。余貴美子がいちばん名美のイメージに近い。少し崩れた身体のラインがとてもきれいだなと思ったし、輪郭と目が劇画っぽくてよかった。映画のあと、舞台挨拶があってそのときにサインをもらった。握手もしてもらったんだけど緊張してあまり覚えてない。新年で、そうだもう年明けたんだみたいなことをいいながら間違えた日付を書き直してくれた覚えがある。梅田のシネマアルゴ。もうない映画館。

石井監督、ほんとうにありがとうございました。

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人生、物見遊山で生きたいです。 どことなく薄暗い映画が好きです。 Twitter→@dni_zatmeniya