【推薦ポエム品評会】第10回 『メガロポリス』品評会
著名人による新作映画の推薦コメント。それは今や洋画宣伝に欠かせない要素であり、ときにビジュアルやあらすじよりも強力に見る者の鑑賞意欲を喚起する。こうしたコメントは宣伝であるからして、それがどんなにつまらない映画でもあからさまに貶すようなものはない。しかし、とはいっても書くのは人間。コメントを頼まれたはいいが褒めるに褒められない、しかし頼まれた仕事は断れない。そんなこともあるだろう。また逆に、あまりにも映画が面白すぎて冷静にはコメントすることができない。そんなこともあるだろう。
そこに、ポエムが生まれる。商業と芸術、仕事と趣味、理性と感情のせめぎ合いの末に生み出される映画宣伝の推薦ポエム。宣伝の役目を終えれば誰に顧みられることもなく忘れられていく推薦ポエムを、確かに存在したものとして記録に、そして記憶に残す。そのために品評を行うのが本コーナーである。
戦後アメリカ映画界の巨匠フランシス・フォード・コッポラ。その世界に待ち望まれた最新作『メガロポリス』は2024年のカンヌ映画祭に出品されるや観客に大きな動揺を与えた。それほどまでの衝撃的な傑作だからだろうか?残念ながらそうではなく、風変わりでなんだかよくわからず、しかも面白くもないということで動揺が広がったらしい。その後、アメリカで公開されるも予想された通り興行的には失敗。当初は日本公開が未定だったがアメリカ公開より半年ほど経って公開される運びとなったようだ。
こんな時こそ推薦ポエムの出番だろう。欧米での批評は散々、だがそうした悪評を跳ね返す力が推薦ポエムにはある。いや、やっぱりないかもしれない。いったいどっちなのか。それを探る意味でも今回は『メガロポリス』の推薦ポエムを品評したい(引用はすべてhttps://hark3.com/megalopolis/より)
私の翻訳家人生は、フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』でブレイクし、監督の集大成である『メガロポリス』で私のキャリアも集大成となりました。字幕翻訳者としてこんなに幸せな人生はありません。コッポラ監督はまさにルネッサンス時代の芸術家たちのような知の巨人であり、現代のミケランジェロ、ダヴィンチと言っても過言ではありません。
戸田奈津子(映画字幕翻訳者)
大物には大物をぶつけるんだよ精神か、日本における映画翻訳業界の大御所、戸田奈津子の登場である。つい先頃も盟友トム・クルーズが主演した『ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング』の翻訳を手掛け、コッポラ同様に現役バリバリを見せつけた戸田奈津子。その推薦ポエムは、実は映画の内容にはまるで触れておらず、映画を面白いとも面白くないとも書いていないにもかかわらず、なんとなくすごい映画なんだなと感じさせる点が特徴的である。字幕は限られた文字数でニュアンスを伝えなければいけない。これは戸田奈津子が折に触れては語る映画字幕の難しさであるが、ごく限られた文字数で具体的なことは何も書かずになんとなくすごい感を醸し出すこの推薦ポエムは、熟練の翻訳家のテクニックが光っている。
息をのみ、言葉を失うシーンメイク!圧倒的別次元!コッポラ!どこまで“コッポラ世界”を極めるのですか!人間の愚かさはここまでやらないと描けないのですか!時差ボケなのに凄すぎて覚醒してしまうブロードウェイミュージカルですか!「ゴッドファーザー」で稼いだお金を超趣味作品で使い果たし破産する、またその繰り返しですか!杜子春か!凄すぎてまとまらない!もう一回観よう!
堤幸彦(映画監督)
この業界ではあまり見かけない奇才・堤幸彦のやや珍しい推薦ポエムは、推薦ポエム界の巨匠であるところの小島秀夫とどこか通じるテンションを持っている。しかし、一見ベタ褒めのようでいて「「ゴッドファーザー」で稼いだお金を超趣味作品で使い果たし破産する、またその繰り返しですか!」と、それは褒め言葉のつもりなのかと疑念を生じさせる点で小島秀夫との差別化に成功していると言えるだろう。
まだ笑っているよ。過激だ。こんなものは見たことがない。噂は聞いていたけれど、どんな作品になるのか想像もつかなかった。好きなところはたくさんあったけれど、一番肌に合ったのはトーンだった。面白くて、生き生きとしていて、エレクトロニックで、世界観とアイデアが鮮やかだった。フランシスが役者たちと作り上げた演技や世界の細部……私はずっと声を出して笑っていた。芝居とシュールさと創作の喜び。彼がこれほど長い間、この作品を考え、取り組んできたことは信じられないが、この作品はまだ今日のものであり、今、私たちがいる世界、そして私たちが向かっている世界であると感じた。
スパイク・ジョーンズ(映画監督)
独特の映像世界で知られるビジュアリスト、スパイク・ジョーンズは『メガロポリス』を見ながら笑っていたという。評者も『メガロポリス』は見たが笑えるところなんか1箇所もなかったと思うのに、いったい何がスパイク・ジョーンズのツボに入ってしまったのだろうか。余人には推し量ることが難しいが、『メガロポリス』を見ながら爆笑、これがスパイク・ジョーンズの奇想天外な創作を支えるセンスなのだろう。
フランシスは20代の頃と変わらず、大胆で大胆不敵、独創的な映画監督だ。私は『メガロポリス』に打ちのめされた!
ギレルモ・デル・トロ(映画監督)
ビジュアリストという点ではスパイク・ジョーンズに引けを取らないギレルモ・デル・トロの推薦ポエムはおいこれお前コッポラに遠慮してちょっと言いたい引っ込めてるだろ!
私自身が自分の事で手一杯になってる間にコッポラ監督はマクロな視点で人類全体を憂いでいたのか!インディーズ精神に溢れたこのSF映画は誠実さも不道徳さも同等に並べて観る者を挑発する!表現に躊躇はいらない事を学ぶ!
永野(芸人)
表現に躊躇はいらないかもしれないが、推薦ポエムには躊躇が必要であることを感じさせる、これもまたちょっと言いたい引っ込めてるだろ系の推薦ポエムである。それはともかく永野の身に何があったのか。
『メガロポリス』には現代のアメリカの状況に至った因果がメタファーとして細部に散りばめられている。トランプ大統領の再登場により、今後アメリカや世界はどうなるのか、不安と期待が交錯しているが、悲観するにせよ、楽観するにせよ、なるようにしかならない。ただ絶望するよりは、何らかの希望を見出す者に未来を委ねたほうがいい。ローマ帝国が辿った歴史をアメリカもなぞり、衰亡の一途を辿るのか、それとも教訓が生かされ、再び繁栄を取り戻し、復活するのか、『メガロポリス』を観た者はそれを深く考えるよう誘導される。
島田雅彦(作家)
思弁的な推薦ポエムである。ごく短い『メガロポリス』の解題といってもいいだろう。作家という言葉を操る職業だけあり、その分析は的確・明瞭なだけでなく、文章にリズム感があり、流暢な美しさをも感じさせる。それでいて映画として面白いのかつまらないのかという点には一切触れない。正統派の推薦ポエムとして、きわめて高い水準にある作品だ。
巨匠コッポラ畢生の作品とあってか、今回はいずれもハイレベルな推薦ポエムが寄せられた。その中で特選に値するのは、しかしこの推薦ポエムしかないだろう。
「格言」とも「哲学」と言える章で分けられた作品「メガロポリス」
ASKA(ミュージシャン)
最近、よく耳にする「現実は、あなたが描いてる幻覚」。
それが映像化されたような作品だった。これがいつクランクインしたのか知らないが、
脚本家、そして監督のコッポラに見えていた未来は荒廃していくアメリカの姿だったのだろう。
権力は必ず滅びる。ローマがそうであったように。
そして、どんな時代にも権力に打ち勝つモノが「民衆」と「自由」であることを教えてくれてる。
何とは言わないがちょっと不安になる。しかし、すごく良いことを言っているような気もするのでギリのところで推薦ポエムとして成立しているという、ASKAにしか書けないであろうスリリングでありつつポジティブな、唯一無二の推薦ポエムである。『メガロポリス』本編より面白いかもしれない。