【映画の世界の片隅で】4人目 『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に出てくる最初のゾンビ役ビル・ハインツマン
両手を前に突き出して動き人肉を食らい頭を撃たれれば死ぬ・・・今やゾンビと言われれば大抵の人が頭に浮かべるであろうこのモンスター像を生み出したのは巨匠ジョージ・A・ロメロ監督による1969年の映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』。少しでも映画を囓った人ならここまでは誰でも知っていることだろう。ではその『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』で最初に登場するゾンビを演じたのは?今回は世界で初めてモダン・ゾンビを演じた男、ビル・ハインツマンを取り上げよう。
両手を前に突き出して動き人肉を食らい頭を撃たれれば死ぬ・・・と書いたが『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』ではそこまで明確にはゾンビ像が固まっていない。なにせこの映画までは様々なバリエーションはあってもゾンビといえば呪術師に使役されるヴードゥー教の死体奴隷のことであり、両手を前に突き出して歩く仕草はこの頃すでにある程度は一般化していたものの、人肉を食らう特性をゾンビに与えた映画はおそらくは存在しなかった。したがって『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』においては「ゾンビが人肉を食う」ことが中盤に用意された一種のどんでん返しとして機能しており、ゾンビゾンビとさっきから書いているが序盤ではそもそも物言わぬ凶暴な襲撃者が動く死体であることも伏せられているのだった。
そうした「最初の1本」ならではの事情からビル・ハインツマン演じる墓場ゾンビの挙動は後のモダン・ゾンビとは趣を異にするものとなっている。理性は失っているが少しなら走ることができるし、人間は襲うが肉は食わない、車に逃げ込んだ主人公を襲うためにはウィンドウを突き破ることが必要と気付けばわざわざウィンドウを割るための石を拾いに戻る程度の知性さえこの墓場ゾンビは持っているのだ。どちらかといえばそのゾンビ・イメージは先行作品に登場するヴードゥー・ゾンビよりもフランケンシュタインの怪物に近い。
もしかするとこれはビル・ハインツマンのアイディアだったのかもしれない。ハインツマンは両親がともに俳優という役者一家の生まれ。IMDbを確認する限りでは『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』がハインツマンの映画初出演作のようだが、巧拙はともかくその演技に気後れしたところは見られない。まさか自分がモダン・ゾンビの記念すべき最初の一体になろうとは思いもしなかっただろうが、観客の心に永遠に爪痕を残す恐怖のモンスターを演じているという自覚と意気込みは充分だったただろう。
メジャー資本を嫌い無名役者や素人役者を好んで起用し続けたロメロのキャリア初期においてビル・ハインツマンは貴重なプロの映画人。以降ハインツマンはロメロ映画の常連として『There’s Always Vanilla』(日本ではカナザワ映画祭でのみ上映)、『悪魔の儀式』、『ザ・クレイジーズ』、『アミューズメント・パーク』、『ナイトライダーズ』に出演、のみならず『There’s Always Vanilla』、『悪魔の儀式』、『アミューズメント・パーク』では撮影スタッフとしてもクレジットされているのだからロメロの巨匠への道を敷設したのはハインツマンと言ってしまってもある程度は過言ではない。
なんとも偉大なるハインツマンだがロメロ映画の役者たちの大半がそうであるようにその後はあまり派手な活躍をすることはなかった。といっても本人はその境遇がまんざら不満でもなかったようで、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』で原案およびロメロと共同脚本を担当したジョン・A・ルッソとつるんでおっぱいぷるぷるのヤングチャンネーたちを殺人鬼が襲う『The Majorettes』および『Santa Claws』、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に蛇足としか言いようがないプロローグ(ビル・ハインツマン出演)とエピローグを付け足し音楽までルッソの裁量で差し替えたことでファンの壮絶な顰蹙を買った『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド 最終版』など志の異常に低い映画を立て続けに制作、1988年には製作・監督・脚本・主演を一手に引き受け自身演じるゾンビが山奥で人を襲って食っていくだけという内容の『フレッシュイーター/ゾンビ群団』を世に送り出している。ハインツマンがこれら吐き溜め映画への参加をあくまでも楽しんでいたことはルッソが監督した『Santa Claws』におっぱい丸出しヌードモデルのカメラマンとして出演していたことからも明らかだ。ロメロが泣くぞ。
付き合いの長い友人のルッソとカスみたいな趣味映画を撮りながらたまに『殺戮兵団ジェノサイダー』などのどうしようもないホラー映画に業界のレジェンドとして招かれゲスト出演する。ロメロを巨匠にした男の末路としてはあまりに悲しい気がするが、前述のように無名役者や素人役者を重用するロメロ映画の出演者にはハインツマンのような役者後半生を送る人間は決して珍しくない。ハインツマンに次いで有名なロメロ映画のゾンビ・スターといえば『ゾンビ』でトム・サヴィーニ演じる強盗団の一人に頭をマチェットで割られたエキストラ役者のレナード・ライズだが、その勇姿(?)は『ゾンビ』関連商品では度々作品の象徴として用いられ(日本でもゾンビ映画ファンの必携書である『ゾンビ映画大事典』の表紙を飾っている)、コミコンのようなオタクイベントとなれば本人がブースを出してサインや写真が売られる。『ゾンビ映画大事典』によればライズほどの知名度を持たないエキストラ・ゾンビにとってもオタクイベントはエキストラ人生の貴重な晴れ舞台になっているようだ。
これを果たして悲しい末路と呼べるかどうか。とっくに過ぎた過去の栄光にいつまでも縋り続けるまさしくゾンビのような役者後半生とも言えなくもないが、見方を変えれば大した才能を持たない平凡人がロメロ映画のゾンビを演じたことで世界中にその顔が知られ、映画史に永遠に刻まれることとなったシンデレラ・ストーリーないしアメリカン・ドリームとも言える。ロメロは自身の映画に登場するゾンビを「ホラー映画界のブルーカラー」と呼んでいる。ゾンビはフランケンシュタインの怪物やドラキュラ伯爵のようなスター性を持たないし一人一人は頭を一発撃たれただけで死ぬほど弱い。しかし時としてそんな目立たない存在であるゾンビが、文字通りの意味で主役を食ってしまうこともある。
映画の世界の片隅で、なんでもないような男がひとり所在なくふらふらと歩いている。いったい誰が想像するだろう、その男が世界をすっかり変えてしまうなどと。ビル・ハインツマンの映画人生は何の取り柄も持たず何者にもなれない平凡人でも無限の可能性を秘めていることを、今も恐怖と呆れと共に人々に示し続けている。