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映画の世界の片隅で

【映画の世界の片隅で】8人目 『ダイ・ハード』でマクレーンに最初に殺される強盗団のメンバー・トニー

いわゆるテロリスト・アクションなどと呼ばれるジャンルの映画を見るときには昔から主人公のアクションスターではなくやられ役のテロリストの方を応援してしまう。というのもこの手の映画で主人公のアクションスターがテロリストに負けることは100%ない。観客はそのことを当然わかって見ることになるわけだが、100%主人公が勝つ戦いを主人公サイドに立って見るというのは俺にはどうも残酷かつアンフェアな行いに思えてしまう。最初から勝敗が決している戦いである。そしてそのことを観客は知っているが劇中のテロリスト集団は知らない。がんばれ。お前らがんばれよ。絶対に勝てない戦いにそれでも命を賭して挑むテロリスト集団の姿には、なにか勝ちが確定している主人公にはないある種の気高ささえ見えてくるのだ。

テロリスト・アクションの元祖といえばの『ダイ・ハード』も例外ではなく、ことに『ダイ・ハード』一作目はバイオレンス色が濃いこともあり、マクレーンがテロリストを殺す度に「なにもそこまでしなくても!」とテロリスト・・・というか強盗なのだが、そちらに肩入れしてしまう。これは意図的な演出でもあるだろう。マクレーンが最初に殺す強盗団のメンバー、アンドレアス・ウィズニュースキー演じるトニーは「お前は警官だろ。警官は人を殺さないのがルールのはずだ・・・」と言い、マクレーンは返す刀で「そんなルール知るか!」と言うやいなや彼をえいやと殺してしまう。初めてこのシーンを見た観客はちょっとびっくりしたのではないだろうか。この刑事はこれまでのクリーンなヒーローとは違う、泥臭く血と汗にまみれた等身大のヒーローだ・・・そう思ったかもしれない。『ダイ・ハード』公開は1988年。既にアンチ・ヒーロー刑事の『ダーティハリー』もあったとはいえ、ハリーは神の正義の代理人の如しであり、マクレーンのような生々しさはない。こうした演出が奏功してか『ダイ・ハード』をひな形とする後のテロリスト・アクションと違って『ダイ・ハード』自体はお約束感が希薄であり、マクレーンと強盗団のどちらが勝つか、観客は手に汗握って見ることになるわけだが、それは同時に強盗団に感情移入する余地を作ることでもある。

トニーも序盤では強盗団の中で頭目ハンス・グルーバーに次ぐ存在感を放っており、彼が電話線を切断するシーンにはわざわざ霧吹きで汗をつけられての顔面アップのショットまで存在する。リーダーはともかく序盤の殺され役テロリストをここまで文字通りクロースアップしたテロリスト・アクションが他にあるだろうか。そしてそのクロースアップに耐えうる芝居のできた端役俳優が他にいただろうか?一世一代の名殺され役テロリスト芝居によりアンドレアス・ウィズニュースキーは観客に「この男はプロだ」の印象を強烈に焼きつける。俳優になる前はダンサーだったという経歴が生かされた身のこなしの軽さや素早いアクションもまた印象的だ。それは結果としてトニーを見事倒すマクレーンの強さを観客に理解させる補助具の役割を果たすわけだが、そこにはそれだけではない、なにか戦いに身を捧げた、捧げざるを得なかった人間の気高さや美しさあるいは哀しさも漂う。その後、残虐マクレーンの手でその死体がクリスマス仕様に飾りつけられ、強盗団への悪趣味なプレゼントと化すのは、もしかすると監督ジョン・マクティアナンなりの弔いだったのかもしれない。

ところで先日そうとう久しぶりに『ダイ・ハード』を見ていて気付いたのだが、この映画登場人物の人種構成が現代ハリウッド映画もかくやという多様さで、ジェームズ繁田演じるナカトミ商会の社長・タカギは戦時中敵性外国人として米国内の収容所に入れられていた過去を持つ日系人、強盗団の頭目ハンス・グルーバーの過去は詳しく語られないが演じるアラン・リックマンはロンドン出身、強盗団はドイツ系(アンドレアス・ウィズニュースキーは西ドイツ出身)を中心にウィキペディアの記述を信じるとすればフランス人やイタリア人もいる混成部隊で、警官と強盗団とそのどちらでもないノーサイドにそれぞれ確たるキャラクターと台詞を持ったアフリカ系黒人が配されている。マクレーンの妻ホリーも強盗団の突然の襲撃にも動じることのない精神力を持ったスーパーキャリアウーマンという先進的なキャラクターである。

そのようなことをツイッターで呟くと「『プレデター』も人種構成が多彩だったからジョン・マクティアナンの作風なのでは」と指摘をいただいた。なるほどたしかにそうかも。おそらくジョン・マクティアナンは戦う人間はみな平等との哲学で映画を撮る監督なのではあるまいか。だから『ダイ・ハード』でもトニーが敵ながらアッパレ的に描かれるのに対して、戦場で戦うことなく扇情的な報道で利益を得ようとするテレビリポーターのリチャードへの眼差しは軽蔑的である。戦場では人種も性別も関係ないし、戦場で戦う者の死には敵であれ味方であれ立場が上であれ下であれ軽重はない。『ダイ・ハード』はハリウッド俳優ブルース・ウィリスが演じるジョン・マクレーンというヒーローの物語であると同時に、アンドレアス・ウィズニュースキー演じるトニーの、そしてクリスマスの夜にナカトミ・プラザで戦った映画史にはその名が載ることのないすべての人間の物語でもあるのだ。

映画の世界の片隅で、今日もテロリスト役者たちは勝ち目のない負け戦を懸命に戦い続けている。

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ゆるふわ映画感想ブログ映画にわか管理人。好きな恐竜はジュラシックパークでデブを殺した毒のやつ。Blueskyアカウント:@niwaka-movie.com