【あの映画のあれ】あれ8 『ドリーム・シナリオ』などに出てくる「ユング心理学」
毎度おなじみ映画の中に出てくる知ってるようで微妙に知らない事柄を主にGoogle先生の力に頼って掘り下げてみる他力本願コーナー「あの映画のあれ」。記念すべきでもない第8回目となる今回ですが、ニコラス・ケイジ主演のちょっとした話題作『ドリーム・シナリオ』の中で登場人物の一人がちょびっとだけ言及していた「ユング心理学」を浅掘りしてみようかと思います。
まずユング心理学のユングとは何か。これはカール・グスタフ・ユングというスイス生まれの精神分析家・心理学者の名前です。精神分析といえばたいていの人が人生で一度は聞いたことがあるジムクント・フロイト。ユングは元々その弟子だったのですが、人間の深層心理(精神分析ではこれを「無意識」とか「意識下」などと呼ぶ)を巡って意見が対立し、やがてユングはフロイトの元を離れ独自の精神分析理論であるユング心理学を打ち立てることになります。
ではフロイトとユングの袂を分かった意見の対立とはどのようなものでしょうか?それはフロイトが人間の無意識を個人的に形成されるものと考えたのに対し、ユングはたとえば遺伝子のようにすべての人間には共通する無意識の鋳型があり、その上に個人の無意識と意識が成立すると考えたことでした。ユング心理学ではこうした全人類に共通するとされる無意識の鋳型を「普遍的無意識」または「集合的無意識」と呼びます。「無意識の海」という表現もユング心理学では比喩として用いられ、それを考えるとわかりやすいかもしれません。地球は水の惑星ですから地表を海が覆っていますが、所々地底が隆起して島ができたりします。言うならばこの島が個人の無意識や意識であり、一方、どこまでも続いて他の島々と接している海は、普遍的無意識というわけです。
普遍的無意識と並ぶユング心理学もうひとつの大きな特徴がアーキタイプ(原型)です。ユングはさまざまな神話や民話に人間の普遍的無意識が表出していると考え、その分析から全人類が共通して持つイメージを機能別に分類しました。これがアーキタイプです。アーキタイプは日常的には主に夢に表れるもので、知恵や思慮を表現する「オールド・ワイズマン(老賢者)」や、包含や生と死を表現する「グレート・マザー(太母)」、男性の心の中にある女性性を表現する「アニマ」と女性の心の中にある男性性を表現する「アニムス」などが代表的なアーキタイプ。
個人の意識が直視しようとしない自分の嫌な部分を表現する「シャドウ(影)」もアーキタイプですが、これはゲームのタイトルになったことでも有名な「ペルソナ(仮面)」概念と対になっている少し特殊なアーキタイプ。「ペルソナ」は個人が社会生活を営む上で演じている自分のキャラクターを表し、人間は場面に合わせてさまざまなペルソナを付け替えながら生きています(彼女の前では強くて頼れる男を演じる、とか)。この「ペルソナ」が抑圧し表に出ないようにしているのが嫉妬や差別心などの「シャドウ」で、ユング心理学のセラピーでは基本的な方向性として精神不調の原因ともなるこの「シャドウ」を患者が認識し、それを受け入れて自己を再構築することが目指されます。ゲームの『ペルソナ』シリーズで敵が「シャドウ」と呼ばれているのはこの理論を取り入れているためなのです。
ユング心理学が科学的か非科学的かはともかく、欧米圏、とくにアメリカにおいてはユング心理学が広く受け入れられ、そこからはトランスパーソナル心理学など別の心理学理論も生まれることになりました。そのためアメリカ映画ではフロイトの精神分析理論と並んでユング心理学に立脚した映画も多く作られ、『ドリーム・シナリオ』も劇中でユング心理学に言及されることから、その一つと考えられます。
というわけで実は知っておくとアメリカ映画(ついでにゲームの『ペルソナ』シリーズも)の理解がかなり捗るユング心理学。こんな素人講釈ではなくもっとちゃんとユング心理学を学びたいという人には、日本を代表するユング派心理学者・河合隼雄さんの著作を読んでみることをオススメします。