【こないだビデマでこれ買った】Vol.45 『Side Effects May Vary』を買った
このあいだコラリー・ファルジャ監督の『サブスタンス』を見たら驚いた、2024年度のカンヌ国際映画祭とアカデミー賞を賑わせたこの映画、なんとフランク・ヘネンロッターやスチュアート・ゴードンといった80年代悪趣味SFXホラーの熱烈なオマージュ作。『死霊のしたたり』に出てきたあの蛍光グリーンの怪しげ薬品をまさか国際映画祭で評価された話題作の中で見ることになるなんて。昔であればそんなものは国際映画祭といってもアポリオッツ国際ファンタスティック映画祭とかゆうばり国際ファンタスティック映画祭とかでしかかからなかったのに・・・いやぁ時代も変わったものです。
時代が変わればお客も変わる。『サブスタンス』は蛍光グリーンの怪しげ薬品とSFXをフル活用した人体変形からいって「あの頃」をルーツとする映画であることが明白ですが、どうやら最近の映画ファンにはあまりその点が気付かれていないらしい。これは、いかん。映画教養主義の衰退を嘆くわれわれ知識人としてはぜひとも『サブスタンス』がおもしろかったみなさんにこの映画のルーツを知ってもらいたいところ。
ということで今回取り上げたいビデマで買った映画ソフトはなにやら溶け気味の人が蛍光グリーンの怪しげ薬品をぐわっと見せつけているジャケット絵のSide Effects May Vary、直訳すれば「副作用の可能性:大」とかだろうか。タイトルとジャケット絵を見ただけでこの薬を打った人間が溶けるだけの映画であることはあまりにも丸わかりだ。『サブスタンス』がそうした80年代悪趣味映画ネタ、とくに『溶解人間』を換骨奪胎してたいへん知的に洗練させた映画であるとすれば、これはネタ元は同じなのにこの40年間というものまったく進歩のできなかった人の作った映画ということになるだろう。
ところは新型コロナ禍中のアメリカ。反ワクチン派の主人公はそんな怪しいもの打ちたくないとワクチンを拒んで新型コロナと思しき症状に苦しんでいたが、愛する恋人の必死の説得によって最近市場に出回り始めた蛍光グリーンのワクチンを打ってみることにする。それからの展開はもはや書く必要がないだろう。主人公はどんどん溶け始めてどんどん人を殺すようになってついでにその肉もお腹が減り続けるので食べてしまうのだ。溶けるのはまだしも人肉を食べる理由がよくわからないが溶解とゾンビ化というまるでカレーライスとハンバーグみたいな組み合わせには心躍らずにはいられない。
それにしてもソフトのジャケ裏を見てちょっと驚く監督J・R・ブックウォルターの文字。ブックウォルターといえば自主ゾンビ映画としては破格の予算をかけた大作なのに面白くなかったことで当時話題になった『新・死霊のはらわた』を作った人ではないですか。名前を聞くのは相当久々だが、フィルモグラフィーを検索したら実はこのSide Effects May Vary、およそ20年ぶりの監督作らしい。2000年代に入ってからは監督ではなく編集や製作で映画と関わっていたブックウォルターの創作意欲に再び火を付けたのだと思えば、世界中に多大なる被害をもたらした新型コロナ禍にもパンドラの箱のように良いところが少しだけあったのかもしれない。被害の甚大さにまったく釣り合っていないとしても。
『サブスタンス』が80年代悪趣味SFXホラーの意匠を借りてハリウッド批判を展開したように、強欲な巨大製薬企業と貧乏で頭の悪い白人ばかりが出てくるSide Effects May Varyもまたアメリカの一つの面を風刺した映画といえる。現在トランプ政権下では新型コロナ禍で反ワクチン派として頭角を現したロバート・ケネディ・ジュニアが厚生長官を務めているが、このSide Effects May Varyを見ればその背景がなんとなく理解できるかもしれない。ブックウォルターかなり久々の監督作は、溶けあり、人喰いあり、ゾンビあり、ホワイトトラッシュあり、中年女性のヌードあり、社会風刺ありの約80分で、このジャンルの入門編としても最適な好編。ぜひとも『サブスタンス』とご一緒にどうぞ。