【きまぐれレポート】レポ6 現役先生による映画『金髪』レポート
現在公開中の映画『金髪』は中学校の校則変更を題材にした社会風刺コメディ。こういう映画は実際の先生ならどう見るんだろうか?ということで日本のどこかで中学校か高校の先生をしている某Aさん仮名にこの映画の感想を聞いてみました!ネタバレが含まれますのでぜひ映画をご覧になってからお読み下さい!
これは『金髪』の話ではない。四十路が近しい私の話だ。それも非常に個人的な。
『MOVIE TOYBOX』の編集長(という呼称でよいのかはわからない)から『金髪』について書いてほしいとお願いされ、正直なところ迷った。私はちょうど「教育相談」という、生徒と担任教諭が1対1で放課後10分程度話をする、期末懇談前の1イベントを終えたばかりだった。内容は進路──ではなく、事前に生徒から寄せられたいじめ(嫌がらせ)についてのアンケートの確認を中心とする。いじめられているのか、いじめられている相手を見たのか──「私は第三者に嫌がらせをしている」という項目も加えればいいと思うのだがまあ無理だ──「生徒ひとりひとりが学校から大切にされている」という実感を得ているか否かを確認するための、いわば──顧客満足度を満点に引き上げるための手段である。
1週間かけて毎日累計2時間近く生徒の話を聞き、なにか事態が露見した際には事実確認および問題対処を行う。ちょうど私はこのイベントの最中、生徒から寄せられた問題解決の対応を行った。複数回。
その際の流れを説明しよう。
①学年間共有→生徒指導担当の教諭からの指示を仰ぐ。報告書を作成する。
②事実確認のため、周囲の生徒に教員が聞き取りを行う。もちろん、当事者生徒にも確認する。報告書を作成する。学年間で共有する。
③事実が認められれば、管理職である教頭に報告(このあたりは前後する)。現在行っていることの報告確認をしてから、いじめた(嫌がらせをした)生徒に指導およびその日のうちに保護者へ連絡する。程度が大きければ保護者に来校いただく。必要によって、いじめられた(嫌がらせを受けた)生徒の保護者にも連絡をする。報告書を制作する。学年間、全校で共有する。といったところである。
この間、通常業務はストップする。いいや、通常業務も並行して行う。通常業務とは、1日4~5時間程度の授業と、分掌という学校経営部分の仕事。プリント作成やテスト採点といった授業準備。担任業務を請け負っているならば担任業務。部活動の顧問であれば追加で部活動も存在する。なお、定時は16時50分だ。出勤は朝8時までに。残業代は発生しない。月給の4%が教職調整額として残業代の代わりに出ているので、みなし残業となる。
私の平均月残業時間は50時間前後だ。このあたりは、パンフレットに収録されている台本に詳細が語られている。市川の出勤スケジュールがまさしく私のスケジュールである。朝7時半に出勤し、通常帰宅は夜7時。作業が多くて遅い時は夜9時~10時帰宅。中学校は最終退勤という最後に職場を出る人間が鍵をかければよいという決まりなので、最悪夜通し過ごしても許されるのだ。教頭は伴わなくてよい。気力と体力があればいくらでも仕事ができる。素晴らしくやりがいを発揮できる職場だ。ぜひ、気軽に採用試験の門戸を叩いてほしい。ともに苦しもう。
ゆえに、生徒指導とは──あくまで個人的で偏見に満ちた見解だが──通常業務中に突発的に挟まれるイベントだ。中学校は生徒指導が業務のほとんどだと言いたい。義務教育およびその幼さから、自己責任と突き放すことができない。朝、保護者から連絡がないのに生徒が登校していなければ必ず電話連絡を行う。生徒の所在がわからなければ、授業の空きコマに探しに行く。相手は中学生だ。まだ12歳~15歳の子どもだ。高校生のように自己管理自主自立と断ずることができない。
中学生を相手にするのは難しい。ICT教育によって生徒にChromebookがひとり1台貸し与えられた結果、ブラウザのフィルタリングを解除して私的利用に走る生徒たちに個別指導および全体指導を行った。無論、保護者連絡も。たったそれだけで生徒指導を行うのか?──行わなければならない。皆が守るべきルールを承知していて逸脱したという事実が良くないからだ。中学校で徹底される規範意識とはここに根付いているように感じる。決まり事は全員で守る。違反するという行為が問題であり、規則がおかしいと感じたのであれば生徒会総会で論理的に掛け合うべきである。
ここには、社会の決まりを守ることの予行練習という目的がある。ゆえに、制服を着用し、中学生として相応しい身だしなみを行うことが求められる。中学生として相応しい身だしなみ──たとえば、前髪は目に掛からないようにする。地毛で登校する。自己流の着こなしはしない。ネクタイやリボンは必ず着用する。ルーズソックスは禁止。──など。これは高校受験で求められる装いでもある。私服で自由を謳歌した小学生は中学校で「日本人らしい」装いを学ぶのである。まさしく、学校とは「日本人」を育成する施設である。
幸い、私が勤めてきた学校では地毛証明たる証書を求めることはなかったが、黒く染めてこいという要求は、地毛の明るい生徒が疑問を抱くに違いない制度だと感じる。この制度に抗議するのであれば、学級議案審議で提案し生徒会総会に掛け合うか、自ら生徒会執行部員となって議題に挙げるのが正攻法であろう。
しかし、しかし──生徒会総会における執行部の答弁は否定するための「参考にします」であり、議論ができる場は少ないことが予想される。生徒指導部および生徒会部の教諭がやりやすくするための答弁に過ぎず、「意見を募った結果今回はいずれも不適でした」という答弁を3年間も聞かされれば、なるほど素晴らしく日本人らしい日本人ができると私は非常に感心している。
では、教員が校則変更会議を開かざるを得ない状況にするにはどうすべきだろうか。本作『金髪』で行っていた、生徒主導の校則変更提案および署名活動は効果的に感じる。地毛での登校を認めるべきという内容であれば通りやすいとは思うが、自由な髪型および髪色であれば、教師を納得させるだけの根拠を提示することも必要だ。全校を巻き込み、生徒から数名の教員に根回しを行い、教師側にも味方をつければ、通る可能性は高い。
自ら、生徒が主導となって校則を考える先進的な中学校と、テレビメディアに売り込んでもいいだろう。これは最終手段だが、多数の保護者を味方につけることも効果的だ。大人が目くじらを立てない方法であれば、校則が変更される可能性は高い。
しかし、ここまで計画し実行できる生徒がどれだけいるだろう。大半の生徒は髪型および髪色について、いいや──校則の変更に興味がない。生徒総会前に校則変更の内容を真っ当に読み込む生徒は、果たして何人いるのか。そもそも、たかだか13歳の生徒に政治ができるのか──いいや、その練習をするのが中学校とわかっているが──あまりにも形式張った実情に合わない生徒総会は、日本の政治を思わせる。何か変わったらしい。え、ここ変わったの?なんで?いやこっちに関係ないし。そもそも我々が中学生の時、生徒総会に真面目に出席していた人間がどれだけいるだろうか。
そうしたわけで、『金髪』の金髪デモは話題性という点では非常に効果的だが、なぜ髪型と髪色を自由にしてはいけないのか、という点が不透明だったように思う。髪を黒く染めるようにと請われて不登校になった生徒はあくまで問題提起に過ぎず、板緑の「なぜ中学生は髪を自由にしてはならないのか」という疑問を解消する手段として機能する。
ある高校では、生徒が好きに髪型髪色を変えてよいとした結果、変えたことによって生徒同士で髪型髪色を変えることによるメリットとデメリットを話し合い、生徒の自主的な課題探求および課題解決となったと聞く。生徒の学び、として考えれば、板緑を中心とした生徒たちは校則に対する疑問およびその問題解決を自ら行ったとして、生きた学びになったと考える。インターネットおよびマスメディアの効果的な運用方法を考える点でも、大きな学びだろう。
しかし、それにしても──されるこちらとしてはたまったものではない。大も大、特大イベント発生である。朝登校時に金髪の自クラス生徒の集団を見ただけで、もう今夜は家に帰れないと確信する。血の気が引く。はい残業確定演出おめでとうございまぁす!カランカランである。
もし私が担任であれば以下のように行う。
①金髪にした生徒を別教室に隔離。本日の授業と予定は全て消える。学年主任に報告。管理職に報告。
②生徒指導部長を中心に話し合いの流れを確認。生徒と1対1の聞き取りを全員に行う。学年の教員ならびに手の空いている他学年の教員も加わる可能性もある。基本は学年団。なぜ金髪に染めてきたのか。誰が言い出したのか。保護者は何か言っていたか。
③首謀者がわかれば更に詳しい話を聞く。原因を聞き取る。
④全生徒の聞き取り内容を学年および管理職と共有する。抗議するための行為として、自ら規則を破るのはおかしいという点が主題となるだろう。校則を変えるための手段を説明する。
⑤全金髪生徒の保護者を学校に呼び、生徒とともに今回の話をする。学年主任、生徒指導部長、教頭、学年団一同勢揃いの可能性。明日は黒に染めてくるよう伝える。
⑥管理職と学年団で経緯共有。担任は報告書を作成。作成前に市教委が来れば、学年主任および教頭および校長および担任で、経緯を説明する。
⑦翌日、学年集会で全体指導。全校集会で全体指導。学年では、金髪にしてきたことへの意見文を生徒に書かせる。まだ金髪の生徒は再度話を聞く。その生徒の保護者を呼び、話をする。報告書を作成する。
⑧保護者からの要望が強ければ保護者会で経緯説明。
ざっくりとだが、このような流れを考えた。あくまで私が考えた一例として読んでもらえれば幸いである。
『金髪』は、校則変更の流れや、市教委の来訪がこまかく、かつ現実に即していた。特に市教委を演じられた役者の方のお顔が非常に市教委を感じさせた。教員から市教委に上がるパターンと市教委から校長に降りてくるパターンを私は見ている。
『金髪』で気になったのは、担任市川の生徒指導の雑さ。映画であるからして動きがほしいのはわかるが、板緑との重要な会話を他の生徒がいる廊下で歩きながら行い、あまつさえ一方的に会話を打ち切り職員室に逃げる。これは流石に雑としか言いようがない。板緑とゆっくり話をしたいと切り出し、別室で行うべきだろう。
また、集団で金髪に染めてきたとなれば一発で保護者案件だと私は考える。即日保護者連絡で担任が三十件程度の過程に電話をかける必要があるが、市川はしただろうか。それにしても、副担任や学年が動いている描写が薄い。市川がぺらっぺらの発泡スチロールを思わせる日和見主義で、己の正しさを軽率に貫こうとする微妙な若手(教員の世界では一応まだ若い。まだ若いが20代の教諭も多々入ってきているので別に若くはない)で、中堅になれない若手ゆえに、誰も助けてくれないのかもしれないが……。私としては同僚にいてほしくない。同学年にいてほしくない。困る。
また、こうした生徒指導で真っ先に矢面に立つのは教頭である。教頭の描写が薄かった、というよりほぼなかった点が不思議だった。市川の停職が長いのも不思議に思えた。生徒への暴力疑惑に加え、生徒への黒髪強制動画流出、勝手にテレビ出演も行えば、停職期間は延びていくのかもしれないが。その間、あの学校の2年生の数学の授業はおそらく時間講師か臨時的採用教員いわゆる臨採の教員が行うだろう。時期的に人手がなく、副担任と他の数学教諭が回しているかもしれない。担任業務も同様に。
『金髪』では同じ中学校に教師として復帰している描写が見られたが、他の教師に散々迷惑をかけた市川が継続して同じ中学校で働いていることが個人的な恐怖だった。同僚は温かく迎えてくれたのだろうか。
なお、市教委の決定であれやこれやと舵取りが変わる恐怖は非常に身に覚えがある。必要な理由はあると理解しているが、本当にやめてほしい。校則変更および校則変更撤回の場の空気といったらもう居たたまれない。
『金髪』は三十路の大人になりきれない大人をブラックユーモアで仕留めるコメディだ。ゆえに、大人ではなく生徒の描写に救いがあった。板緑と木原の、ふとした連帯「……やるやん」。校門前に居座りやかましいスピーチを行う第三者から守られるように登校する板緑を見て、「馬鹿だよね」と話しつつ真顔になり提案する同級生。金髪になることを通して生徒が自ら学び、自ら連帯し、行動する。生徒には大きな学びの場となったことは確かだろう。
『金髪』のレビューを教員目線で書いてほしいと『MOVIE TOYBOX』の編集長から請われたときは正直なところ、困った。なぜなら、この日曜日はひさしぶりに家から出る用事のない完全なオフだったから。『タワーリング・インフェルノ』でも見ながら休日を楽しもうとしていた。なぜ休みの日に仕事を思い出しながら仕事に関わる映画のレビューを書かなくてはならないのか、本音は断りたかった。もやもやしながらも、結局こうして形になってしまったので、ここで終わりとする。明日は仕事だ。また長い一週間が始まる。もうすぐ冬休みであることだけが楽しみである。
だから、これは『金髪』についての話ではない。私の仕事の話だ。


