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推薦ポエム品評会

【推薦ポエム品評会】第8回 『パスト ライブス/再会』品評会

著名人による新作映画の推薦コメント。それは今や洋画宣伝に欠かせない要素であり、ときにビジュアルやあらすじよりも強力に見る者の鑑賞意欲を喚起する。こうしたコメントは宣伝であるからして、それがどんなにつまらない映画でもあからさまに貶すようなものはない。しかし、とはいっても書くのは人間。コメントを頼まれたはいいが褒めるに褒められない、しかし頼まれた仕事は断れない。そんなこともあるだろう。また逆に、あまりにも映画が面白すぎて冷静にはコメントすることができない。そんなこともあるだろう。

そこに、ポエムが生まれる。商業と芸術、仕事と趣味、理性と感情のせめぎ合いの末に生み出される映画宣伝の推薦ポエム。宣伝の役目を終えれば誰に顧みられることもなく忘れられていく推薦ポエムを、確かに存在したものとして記録に、そして記憶に残す。そのために品評を行うのが本コーナーである。


この作品が長編デビュー作となる無名監督による低予算映画ながら、サンダンス映画祭に出品されるや口コミで評判が広がり今年2024年の第96回アカデミー賞作品賞にノミネートされるという快挙を成し遂げた『パスト ライブス/再会』。口コミで広まった映画はやはり宣伝も口コミに頼るべきと日本の配給会社は判断したのだろう、この映画の日本公開に当たって公式サイトに掲載された推薦コメント数はなんと42人分、これは『aftersun/アフターサン』の46人に次ぐ大記録といえるだろう(詳細は『aftersun/アフターサン』品評会をご覧ください)

「私的なことがもっとも創造的なこと」という映画哲学に則って制作されたこのラブストーリー/ヒューマンドラマには移民二世の韓国系アメリカ人監督セリーヌ・ソンの個人的な経験が反映されているとあって、やはり個人的な経験をベースとしている『aftersun/アフターサン』同様に、鑑賞者の個人的な経験や価値観がそのコメントには如実に表れる。これはいかにも品評しがいがあるというもの。42本もの推薦コメントの中から、今回は厳選10本のコメントを品評していきたい。なお、引用はすべてhttps://happinet-phantom.com/pastlives/からです。

無二の縁で創られ、なのに完璧じゃない。幸せだけど哀しい。
言葉で言い尽くせない人生の豊かさを、そこに見てしまった。
この映画のすべてが好きだ。現世も、前世も来世も、永遠に。

SYO(物書き)

「パスト ライブス」=前世というタイトルが示すように、東洋的な因縁や輪廻の考えを下敷きにしているこの映画。SYOによるこのポエムはそれをうまく活かしたものとなっているが、前世はともかく来世も「この映画のすべてが好き」と今生で断言してしまって大丈夫だろうか。仮にSYOの来世があるとして、SYOの来世はSYOの記憶がない別人、もしくは動物などのはずである。その来世にまで「この映画のすべてが好きだ」と言わせる。これはある意味、呪いではないだろうか? 人間の業を感じるポエムである。

カナダへの移住を控えた主人公の両親が部屋で流す、レナード・コーエンの「さよならは言わないで」。壁には『セリーヌとジュリーは舟でゆく』のポスター。
なんて端正でセンスが良く、細かな配慮に満ちた映画だろう。
私的な記憶に紐付いたセリーヌ・ソン監督の語りの作法が、スピリチュアルな運命論を個々の人生の実感に馴染ませてくれる。

森直人(映画評論家)

一見してそつなくまとまったこのポエム。専門的な見地もあり、といって独りよがりではない親しみやすさもある。しかしながらよくよく考えてみれば、部屋に『セリーヌとジュリーは舟でゆく』のポスターが飾られていることとレナード・コーエンの「さよならは言わないで」が流れていることは、これは個人的にだが、劇中に見られるスピリチュアルな運命論に何か説得力を与えているようには思えなかった。それによく読めば「スピリチュアルな運命論を個々の人生の実感に馴染ませてくれる」という文章は文法的に少し変ではないだろうか。スピリチュアルな運命論に馴染むのは個人であり、実感という状態もしくは状況ではないはずだ。言わんとすることを適切に表現するなら、「スピリチュアルな運命論を個人的な実感として人々に馴染ませてくれる」だろう。端正に見えて、実は詰めの甘いポエムである。

これほどまでに、残酷で素敵で美しい「運命」を描いた作品があっただろうか。
アメリカと韓国、未来と過去。強さと弱さ、宿命と運命。
彼らの「選択」を見る我々も、きっとあり得た未来やあり得なかった過去に想いを馳せて、その記憶の破片に涙を流すだろう。

竹田ダニエル(ライター)

森直人のポエムに似て、言葉遊びが目立つポエムである。「運命」「選択」とあえてカギカッコをつける意味はあるのか、宿命と運命は未来と過去のように対置できるものなのか、「あり得た未来」と過去形で未来を表現するのは端的に文法ミスではないのか。しかし、意味はよくわからないがよくわからないなりに勢いがあり、案外読ませてしまうポエムである。

恋愛だけが女子の生きる道でもないし、結婚が人生のすべてでもない。けど、一緒にいる人は大事。
現実世界では当たり前のことなのに、これを面白く描いた劇映画を見たことがなかった。傑作です。
これは私たちの物語。

遠藤京子(映画ライター)

映画ライターなのに「恋愛だけが女子の生きる道でもないし、結婚が人生のすべてでもない。けど、一緒にいる人は大事」ということを面白く描いた映画を見たことがないとすれば、おそらくそれは映画鑑賞経験の不足によるものではないだろうか。加えて、「傑作です」で結べば収まりがいいのに、取って付けたような「これは私たちの物語」が末尾に来ることでポエムの形が崩れてしまっている。「これは私たちの物語、傑作です」と並び替えるだけでよりよいポエムとなっただろう。

ただの恋愛映画じゃない、その先にまで到達できた物語。 自己分析書のようでもあり、未来設計図のようでもある。 譲れないものもある。 自分の力を試してみたい。 この手で居場所をつかみたい。 共感指数高めの主人公、彼女の手を握って同志であると伝えたい。 これは“2024、私たちはどう生きるか”だ。

東紗友美(映画ソムリエ)

遠藤京子のポエムに続いて東紗友美のポエムでも「これは“2024、私たちはどう生きるか”だ」の一文によって、この映画が「私たちの物語」であることが強調されている点が興味深い。こんような表現が流行っているのかもしれない。それはそれとして、なぜ内容的には関連性のない宮崎駿監督作『君たちはどう生きるか』をあえてパロディ的に引用し、更に「2024」と冠したのかがよくわからない。『パスト ライブス/再会』は日本では今年2024年に公開されたものの、2023年に完成・本国公開された映画である。

美しすぎて 嘘みたいだと思いながら
とんでもなく響いてしまった
一度も観たことのない love story

YOU(タレント)

エンドロールを見ながら流れてきた私の涙は何だろう?!
一件落着したから?そんな単純な感情でないことは確かだわ。
Happy endといえないHappy end
期待通りの裏切り・・・。
ノラとヘソンの葛藤するその純愛が私の恋愛魂を心地よく惑わせながら
tripさせてくれた。
NYの物悲しい美しさと大人の再会にThank you so much

萬田久子(女優)

なぜシティポップの歌詞みたいになっているのか。なぜ2人もシティポップの歌詞みたいなPoemを寄せているのか。とくに萬田久子のCity Pop感は尋常ではなく、良いとか悪いとか言わせない迫力がある。

「キスしちゃえ!」「するな!」と何度も叫んでしまいたくなる映画でした。理性と感情の間で揺れる不思議なシーンに深く共感しました。

ソン・ハンビン(ZEROBASEONE)

一冊の本を読んだかのように感じました。ヘソン、ノラ、アーサーの未来を応援しています。

ナ・イヌ(俳優)

『パスト ライブス/再会』の監督セリーヌ・ソンは韓国系アメリカ人であり、映画には韓国で撮影されたシーンも登場する。その作品がアカデミー作品賞にノミネートされたとあれば、既に韓国映画ではポン・ジュノ監督の『パラサイト/半地下の家族』がアカデミー作品賞を受賞しているとはいえ、やはり韓国の人にとっては感慨深いものがあるのではないだろうか。そのような考えはしかし、人間の主観や感受性を民族の概念で括ろうとする偏見ないし差別というものだろう。いずれも韓国エンタメ界で活躍するソン・ハンビンとナ・イヌの推薦ポエムは、やたら泣いただの私たちの物語だの今までに見たことのない傑作だなどとはしゃぐ他の日本人コメンターと比べて冷めまくりである。ここからは、人間の感覚はさほど民族に規定されるものではないという貴重な教訓が得られるだろう。

教訓を得たところで、今回の特選の発表。

再会を果たしたふたりの気持ちが、時間を伴いながら修復されてゆく。
それは、反時計回りに駆ける回転木馬が、そっとかけた魔法なのかも知れない。

松崎健夫(映画評論家)

良いとも悪いとも書かれていない松崎健夫によるこのポエムには、推薦ポエムの精髄がある。推薦ポエムはあくまでも宣伝目的であるからして、たとえつまらない映画でもつまらなかったと書くわけにはいかない。かといって自分にウソをついて褒めに褒めるというのも、やはりプライドを完全に捨てた太鼓持ち以外の、つまりは誠実な映画評論家には難しいことだろう。これは推測だが、おそらく松崎健夫はこの映画をそこまで高く評価していないのではないか。しかし、頼まれた仕事はプロとしてやり遂げなければならない。そうした逡巡の結果生まれたのが、この良いとも悪いとも書かれておらず、まさにポエムとしか言いようのない推薦ポエムなのではないだろうか。甘さの中に仕事の辛さが滲み出る、ホロ苦い大人の、推薦ポエムである。

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ゆるふわ映画感想ブログ映画にわか管理人。好きな恐竜はジュラシックパークでデブを殺した毒のやつ。Blueskyアカウント:@niwaka-movie.com