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映画観客鑑賞録

【さわだきんたの映画観客鑑賞録】第1回 浅草の映画館の客

20代前半、まだ浅草に名画座と呼ばれる旧作を二本立て三本立てで安価に見せてくれる映画館が何館もあった頃にはチャリで浅草に映画を観に行くのが俺の休みの日の過ごし方だった。浅草中映は洋画アクションを中心にした二本立て、ここは「銀幕」という言葉のよく似合うクラシカルな劇場で売店にはモナカとか煎餅が並び幕間にはエルマー・バーンスタインの『荒野の七人』のテーマ曲が流れる。浅草名画座は東映ヤクザ映画・時代劇が中心の三本立て、ここは地下にあって三本立てで900円と激安だから仕事がない系のオッサンが入り浸る場末感満載の劇場。上映中には平然とスクリーン前をネズミが駆け抜けていく…と書けば雰囲気が伝わるだろう。浅草新劇場は松竹映画中心の三本立てで寅さんとかをしょっちゅうやってた。浅草名画座に比べれば内装も綺麗で客層も…まぁそのあたりは後述するとして、この三館が浅草六区映画街の表通りとするなら、裏通りは成人映画館だ。

俺は浅草中映や浅草名画座にはよく足を運んでいたが何館かある成人映画館の方には一回しか行ったことがない。その頃はといえば映画とあらば何でも観てやるのチャレンジ精神がそんなもんすっかり枯れた今と違ってちゃんとあったので成人映画館にも行かなければ映画探求者とは言えまい…というわけでドキドキしながら足を踏み入れたのだったが、そこでどんな映画を観たかはよく覚えていない(佐野和宏の『変態テレフォン ONANIE』だった気も)。覚えているのはいつの間にか隣に座っていたオッサンの手が俺の太ももにのそのそっと伸びてきたことで、おやおかしいなとスクリーンから視線を落としてその手に目をやると、手の向こうに剥き出しのオティンコがでろ~んと見えたのであった。ギョエ! それは俺が成人映画館のハッテン文化に(文字通り)初めて触れた瞬間だった…。

浅草の映画館では表通りの方でも中映と新劇場がハッテン場(だった)と知るのはそれからずいぶん経ってからのこと。中映二階の休憩所には「不審な行為があった場合には警察に通報します」のプレートがあったがこの「不審な行為」というのがハッテンを指すなんて無垢無邪気な二十代俺しらない。新劇場の方にはハッテン目的ではなくいわゆるプロの人もいて、つまり女装の男娼なのだが、ハッテン系映画館の二階席はだいたいそうであるように新劇場の二階でもプロが客を取っていた。プロのフェラがそんなに気持ちよかったのか「ああ! はぁ…ああ! ああああ!」ともうAV女優でも演技でそんな声出さないだろってぐらいエキサイトしたジジィの客に対して「やるんなら外でやれ! こっちは映画観てるんだ!」のオッサン怒号が館内に響き渡ったこともあった。俺はその時に観ていた映画は覚えてる。三國連太郎、佐藤浩市の親子共演が話題を呼んだ実写版『美味しんぼ』であった。『美味しんぼ』ならぬこちらは美味ちん…みなまで言うな!

初回から書くエピソードじゃないだろのセルフツッコミは不可避だが、とはいえこの連載を始めるに当たって浅草の客の話を書かないわけにはいかない。俺が映画館の「客」に興味を持つようになったのはこんなことがあったからだ。映画館は確かに映画を見るところだが映画を見るだけなら家でもできる。俺にとって映画館での映画鑑賞が面白いのは浅草の客のような…とまでは言わないが、そこで思いがけない他者を発見することもあるからで、これは家ではできないなかなかエキサイティングな体験だ。その意味で俺は映画を見に映画館に通っているというよりも映画館の観客を見に映画館に通っているとさえ言える。ま、それはさすがに過言ですが。

というわけでこの連載では映画観客鑑賞者の俺が今までに見てきた珍客怪客の思い出を書いていこうと思う。珍客怪客がマナー違反だとかでセンシティブな客たちに蛇蝎の如く嫌われて映画館に居づらい昨今、俺ぐらいは書いていかないとそんな文化(?)など忘れられてしまうからねぇ。

※ハッテン場だろうがなかろうが痴漢は犯罪ですので絶対にやめましょう。ハッテンは同意を得てから行ってください。

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ゆるふわ映画感想ブログ映画にわか管理人。好きな恐竜はジュラシックパークでデブを殺した毒のやつ。Blueskyアカウント:@niwaka-movie.com