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映画観客鑑賞録

【映画観客鑑賞録】第12回 『ミスター・ランズベルギス』の客

映画が違えば客層も違う。この『ミスター・ランズベルギス』は結果的にソ連崩壊をもたらすことになるリトアニア独立運動を牽引したヴィータウタス・ランズベルギスの証言を軸に、リトアニアがいかにして武力に訴えることなく独立を果たしたかを膨大なアーカイブ映像を用いて辿った、ウクライナの俊英セルゲイ・ロズニツァ監督による上映時間4時間のドキュメンタリー映画。こんなものを誰が見るのかと思いながら劇場に入ると意外や50人ぐらいは客が入っている。これはシネフィルだけの動員ではないだろう。ウクライナ情勢を読み解く一級品の補助線ともなりうるこの映画、どうやら新聞に取り上げられたか何かで普段あまり映画館には足を運ばない時事問題に関心の高い中高年なども呼び込んでいるようだ。そしてそんなところに映画館のドラマは生まれる。

前兆は上映前に何度もバカでかい音を立てて鼻をかむオッサン。鼻をかむのは悪いことではないしそれをするしないは個人の自由だ。鼻水が出るなら垂らすよりはかんでしまった方がいいだろう。だから鼻をかむなとは思わない。ただちょっとだけ驚いた。新型コロナ感染防止のために劇場側も観客側もいささか過剰な防衛策を取りがちな昨今、鼻水の出る症状の人が映画館に来てその客席で堂々と鼻をかむ・・・そんな光景はかなり貴重ではないだろうか。この出来事は俺に「あ、普段映画館に来ない人も入ってるな」と思わせた。そしてそれは映画が始まってから裏付けられることになる。

映画館の客席からコンビニのビニール袋が消えてもう何年になるだろうか。売店売り上げを底上げするために飲食物持ち込み禁止が業界標準となっているシネコンでは早くから消えていたが、名画座やミニシアターでは少し前まではコンビニのビニール袋にパンやらおにぎりやらを入れて持ってくる主に高齢の客がいた。コンビニのビニール袋と聞けばムカつく記憶が瞬時に再生される映画好きも多いだろう。なにしろうるさい。ちょっと中の物を取り出そうとするだけでガサゴソカシャカシャと激しく音がするもので、とくに静かな場面だと雰囲気がぶち壊しになってしまう。そうしたこともあって従来より名画座やミニシアターではコンビニのビニール袋使用者に対する注意喚起のアナウンスがされていたが、コロナ禍になると感染予防を名目に場内での食べ物禁止が一般化したことで、こうした劇場にコンビニのビニール袋を持ち込む客は激減したのだった。

だが、上映中に聞こえてくる懐かしい音。ガサゴソ・・・シャカシャカ・・・これはコンビニのビニール袋!『ミスター・ランズベルギス』が上映されていたのは渋谷のシアター・イメージフォーラム。この劇場も場内食べ物禁止だが、そもそも『ミスター・ランズベルギス』のような思わず襟を正してしまう映画を見ながら呑気にパンかなんかを食べようという発想がこちらにはなかったので、完全に意表を突かれた。ガサゴソシャカシャカは体感十数分間は続いた。いやさっさと取り出して食べればいいじゃんなんなんだよそのコンビニのビニール袋中に何が何個入ってるんだよ。四次元ポケットかよ!そして、近くに座っていたサラリーマンと思しきスーツ姿の男からついに入るツッコミ。「うるさいですよ」。これもまた久々に聞いた言葉だ。

音はなおも続いたが以降は画面がうるさくなったタイミングで鳴るようになったから声の感じからかなり高齢とみえるコンビニのビニール袋の持ち主も配慮しているのだろう。まさかそんなことで若干殺意混じりに注意されるとは思わなかったであろう持ち主の心情を想像するとちょっと心苦しくもなるが、いや、っていうかそこまでして『ミスター・ランズベルギス』を見ながら食いたい物ってなんなんだよ!の思いが勝る。食いたくても構わないがさっさと袋から取り出してしまえばいいじゃないなんでずっと中に入れてるんだよ。それにこの映画は途中休憩もあるんだからその時に食えばいいのに・・・などと気が散るのもしかし、どこかノスタルジーを帯びた体験だ。そうそう、一昔前の映画館はこんな風に上映中賑やかだったよね。見知らぬ他人のぬくもりを感じたよ。今の客席は静かになって快適になったかもしれないが、その分ぬくもりは失った・・・まぁ、映画館の客席にぬくもりを求める人間などほとんどいないのだろうが。

さてそんなこともあったがさすがに映画も終盤に差し掛かると客席は静まりかえる。4時間もの長旅のフィナーレであるからそれも当然だろう。鼻かみオッサンもコンビニのビニール袋おじいさんもうるさいですよのサラリーマンもみんな集中してスクリーンを見つめている。だがそこで、「コンコン・・・コンコンコン・・・」キツネではない。誰かが何か固い物を叩いている音だ。コンコン・・・コンコンコン・・・音は断続的に続く。そこで不意に響き渡るコンビニのビニール袋おじいさんの声。「はい!なんですか!」えっ?どういうこと?状況が飲み込めないがもしかしてさっきのビニール袋ガサゴソの件を発端として俺の見ていないところで観客バトルが勃発していたのだろうか。誰だコンビニのビニール袋おじいさんの椅子をノックしているのかもしれない人は。

だが、おじいさんが返答しても音は鳴り止まない。こうなると人為的なものではなく何か設備的なものなのかもしれない。終盤も終盤だしあまり席を離れたくはないがこういう場合には原因究明をしないと気が済まない。いったいどこから音がするのか、もし観客が揉めているなら誰と誰が揉めているのか、設備的な問題だとしたらやはり受付の人間に報告して次の回の客のためにも改善してもらわなければ・・・と様々なことを考えながら場内後方の通路に出ると思わぬ光景に出くわす。入り口の扉を中高年男性がノックしているのだ。「扉が開かなくて・・・」と中高年男性。そんなことあるだろうか?とりあえず押してみると扉はあっさり開いた。どうやら中高年男性はトイレに行きたかったようだ。

・・・だとしてもそこでノックするか!?普通に考えて映画館の扉をノックしても扉の向こうからはーいなんて言って誰かが出てくることなくないそこバイトが常駐してない地下のシアターなんだし!それあなたこのシアター入って来た時に見てるじゃないその建物構造を!あと、押せば開くじゃん!大抵の映画館のドア押せば開くじゃん!引き戸とかないじゃん!なんなの!

思うにこの中高年男性、普段から映画館に行くタイプではなかったんだろう。迫り来る尿意と暗く手元が見えない状況で少しパニックになっていたのかもしれない。中高年男性がトイレから帰還した頃には映画はエンドロールに入っていた。反対に観客の半分は非情にもエンドロールに入ると続々席を立って外に出て行く。4時間にも渡るドキュメンタリー映画を見たのだからエンドロールで余韻に浸ってもいいんじゃないかと思うが、逆に4時間も見たので一刻も早く帰りたかったのかもしれない。鼻かみオッサン然りコンビ二のビニール袋おじいさん然りドアノック中高年然り、そしてエンドロール爆速帰宅勢も含めて、なんだかこの回は映画もしくは映画館に対する考えを俺と異にする観客が多かった。映画館は他者と時間を共有する場所であることを改めて感じさせてくれた、これはこれでなかなか得がたい体験だったかもしれない。

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ゆるふわ映画感想ブログ映画にわか管理人。好きな恐竜はジュラシックパークでデブを殺した毒のやつ。Blueskyアカウント:@niwaka-movie.com