【こないだビデマでこれ買った】Vol.33 『L’orribile segreto del Dr. Hichcock』(邦題:ヒチコック博士の恐怖)を買った
イタリアン・ホラーといえばアルジェントだ、いやいやフルチだ、いやいやいやいやマリオ・バーヴァだ、とホラー好きが集まれば侃々諤々の議論が期待しなくても勝手に始まってしまうものですが、こんなよくある井戸端論争からはすっぽりと抜け落ちてしまっているのがイタリアン・ホラーの創始者と言われるリカルド・フレーダ、なにせ創始者と言われるぐらいなのでイタリアン・ホラーの最重要人物と言っても過言ではないし、マリオ・バーヴァはホラー映画監督としてのキャリアをフレーダと共作した1957年の『吸血鬼』(I Vampiri)から始めているので、フレーダなくして現在のイタリアン・ホラーなし、ホラー好きならば実に見逃せない映画監督なのです。
にもかかわらず日本での知名度がほとんどないのは残念にして単純なことに手掛けたホラーの主要作が日本では劇場公開されていないから。主要作というかおそらくすべてのフレーダ・ホラーが日本では劇場未公開なんじゃないだろうか。ファシズム期の1937年から活動を始めたフレーダがホラー監督として辣腕を振るったのは1960年代、この時期はバーヴァのキャリア黄金期でもあるとはいえビデオバブル以前だしホラーならなんでもかんでも入ってくるという状況ではなかったんだろう、とにかくフレーダのホラーはこの時期に日本に輸入されることはどうもなかったらしく、そのためビデオバブル期に入って逆にイタリアン・ホラーならなんでもかんでも片っ端から輸入されるようになると、フレーダの存在はすっかり埋もれてしまったようだ。
ということでイタリアン・ホラー好きの端くれの先っちょに塗った甘くてピンク色の正体不明の液体の構成分子の一人としてぜひフレーダを見てみたい、とビデマで買ってきたのがこのL’orribile segreto del Dr. Hichcock、フレーダ1962年の作。タイトルは日本語に訳せば『ヒチコック博士の恐怖』らしいが、ヒチコックといってもアルフレッド・ヒッチコックとはもちろん何の関係もないゴシック・ホラーだ。ヒッチコックの名前をパクれば客が呼べるというイタホラらしい人情のない興行判断によってこのタイトルとなったんだろう(ただしヒッチコック監督作『断崖』に登場する有名な「光る牛乳」をオマージュしたらしいシーンは出てくる)
今回買ってきたのはイタリア国内盤DVDだったので台詞は全編イタリア語で英語字幕なし。英語字幕があったところで大してわからないとはいえ、それもないとなると前回買ってきたIo zombo, tu zombi, lei zomba同様なにを言っているのかまるでわからず、理解できた台詞はジョジョ五部でブチャラティの決め台詞だったことで知っていたアリーヴェデルチのみ。気分はなんだか来日映画宣伝の時にサヨナラだけ日本語で言うハリウッドスターである。そんなわけがあるか。
何を言っているかは皆目わからないが映像だけで楽しめるというのはイタリアン・ホラーの大きな特長だろう、古城の風格あるセット撮影やマリオ・バーヴァに受け継がれたどぎつい原色照明、ケレン味の効いたあけすけなショック描写、ロウソクの光を舞台上からのスポットライトで表現する苦肉の策なのか意図的な舞台劇的演出なのかよくわからない前衛性などによって、詳しい話は一切わからないがとりあえずおもしろい。ゴシック・ホラーだがタイトルでヒチコックを謳っているだけあってサスペンス風味が強いのはこれがおそらくフレーダの持ち味なんだろう、バーヴァの原色照明は雰囲気醸成のために用いられるが、フレーダのこの映画では登場人物の心理状態を表現するために用いられる。怯えていれば青の照明が、興奮していれば赤の照明が、危険が迫っていれば黄色の照明が背景に投げかけられるわけだ(黄色は原色じゃないだろとか無粋なことは言わない)
具体的な描写こそないもののテーマとしてはネクロフィリアを扱っているのでサイコホラーの趣もあり、そのジャンルの嚆矢とされるイギリスの『血を吸うカメラ』が1960年の作なのだから1962年で(しかもカトリック教会の権威が強い当時のイタリアで)ネクロフィリアというのはなかなか攻めている。伝統的要素と現代的要素の融合。おそらくそれがフレーダ映画の核心じゃあないだろうか。イタリア映画黎明期の主要ジャンルはなんといっても壮麗なセットと衣装で魅せる史劇。タヴィアーニ兄弟の『グッドモーニング・バビロン』で描かれたようにその時期の大ヒット作『カビリア』の巨大なセットはD・W・グリフィスに衝撃を与え、グリフィスはこのセットを超えるものをと代表作『イントラレンス』を制作するに至ったわけだから、かつてはイタリア映画=史劇だったのだ。そしてフレーダもまたキャリア初期からイタリア史劇の職人監督・脚本家として活躍した人物だった。
『ヒチコック博士の恐怖』の見事な古城セット撮影にはそうした経験が反映されているように見える。一方、そこで繰り広げられるのはネクロフィリアの狂気という当時の基準で現代的な恐怖。その点ではゴシック・ホラーの様式美を追求したバーヴァよりも先鋭的なイタホラ監督がフレーダだったのかもしれない。ちなみにヒチコック博士の古城に招かれて恐怖を体験するのはバーバラ・スティール。1960年のバーヴァ作『血塗られた墓標』では妖艶な印象が強かったがこちらではオードリー・ヘプバーンを思わせる可憐な若妻で、バーバラ・スティールのファンは必見(現代日本にどれくらい生き残っているかわからないが)