【こないだビデマでこれ買った】Vol.37 『SUDDENLY IN THE DARK』(原題:깊은 밤 갑자기)
思えば韓国の昔の映画というのはほとんど見たことがない。1990年代にはアルバトロスがリリースした韓国エロス映画『桑の葉』がヒットしたり、根本敬がアングラ系雑誌で韓国映画を紹介したりと、主にサブカル界隈で第一次韓国映画ブームと言えるかもしれない現象が見られたが、その時代の韓国映画は『シュリ』や『JSA』ぐらいから始まり現代まで続く第二次韓国映画ブームの陰となってすっかり忘れ去られてしまったし、それより前の韓国映画となるとキム・ギヨンの作品がたまに名画座で特集される程度。韓国映画韓国映画と世間は言うが、われわれは実はぜんぜん韓国映画のことを知らないんじゃないだろうか・・・などとぼんやり思っていたところでビデマで発見したのがこの英題SUDDENLY IN THE DARK、ハングル原題は깊은 밤 갑자기という1981年の韓国映画のソフトだった。
舞台は山奥にポツンと立つ洋風の金持ち屋敷。主人公は蝶が専門の昆虫学者の妻で、一見悠々自適の生活を送っているのだが、子供の世話もあるし家政婦でも雇った方がいいんじゃないかという夫の提案を受け入れてしまったことで惨劇が始まる。家政婦として家にやってきたのは祈祷師の母親が火事で死亡し家なき娘となってしまった19歳女子。祈祷師の娘というぐらいだから貧しい田舎出身と思われるこの純朴な19歳女子家政婦は真面目に仕事をしている風なのだが、どうも言動に不可思議なところがあり、主人公は彼女と夫の姦通を疑い始める。しかし主人公の話を真に受ける人間は誰もいない。孤独の中で主人公の疑念はますます強まり、やがて彼女は家政婦が自分を殺してこの家を乗っ取ろうとしているのだと考えるようになっていく・・・。
映画の公開された1981年というのは絶賛公開中の『ソウルの春』で描かれた韓国現代史の一大事件・粛軍クーデターの翌々年。新たに大統領の座についた粛軍クーデターの首謀者チョン・ドゥファンは軍事政権に対する国民の不満を逸らすためにプロ野球の導入、性風俗の解禁、映画検閲の緩和(スポーツ、セックス、スクリーンの頭文字を取って通称3S政策)を行い、それにより前の独裁者であったパク・チョンヒの時代には不可能だったエログロなど扇情的な描写が映画で可能になったことで、韓国映画界にはホラー映画ブームが巻き起こったという(ただし政権批判的な内容は依然として禁じられた)
そんな時代の申し子であるこのSUDDENLY IN THE DARKには家政婦のヌードやベッドシーンが多く含まれ、ストーリーはロマン・ポランスキーの『反撥』を思わせる心理サスペンスながら、終盤には血まみれの白塗り家政婦と巨大化した祈祷師人形が雷雨の中で襲いくる派手派手しいオカルト映画へと変貌する。なるほどこれはいかにも扇情的な見世物映画。『シャイニング』のオマージュが出てきたりするあたり、ホラーに飢えた当時の観客の恐怖胃袋を満たそうという目論見で製作された映画なんだろう。同年1981年には名作ゾンビ映画『悪魔の墓場』の韓国版リメイクと言える韓国初のゾンビ映画『怪屍』(原題:괴시)も製作されている。余談ながら、どちらの映画も山奥の金持ち邸宅が舞台になっているのはちょっと面白い共通点だ。
こんな風に書けば単にエログロで売るだけのパクリ映画みたいに思われてしまうかもしれないSUDDENLY IN THE DARKだが、不安を煽る構図や魚眼レンズや複眼レンズを使ったテクニカルな撮影手法により個性的なサイケデリック映像世界が現出しているし、専業主婦の孤独と不満と不安を描いた心理サスペンスとして人間ドラマの部分も丁寧、家政婦による家庭内不和の恐怖という題材はキム・ギヨンの代表作『下女』の影響を感じさせて韓国映画史への目配りもあり、軍政下にあって西洋風の裕福な暮らしを送っている夫婦を韓国土着の呪術が襲うプロットには、独裁の現実から目を背ける既得権益層の無意識の罪悪感が反映されているようでもあり、社会批評的な側面すら見える(見ようと思えば)
めちゃくちゃ面白いわけではないが結構面白いしなによりいろいろと興味深いSUDDENLY IN THE DARK.『ソウルの春』でチョン・ドゥファン政権がにわかに脚光を浴びているかもしれない今こそ、とくに韓国映画が好きな人には見てもらいたい映画だ。