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特集

【ミニミニ特集】みんなの憧れ恐竜映画10選!

映画の夏!恐竜の夏!夏と言えば国立科学博物館などの恐竜博、という人も多かろうと思われますが、今年2026年の夏は『プリミティブ・ウォー 恐竜戦争』、『オークストリートの異変』と恐竜映画の新作が2本も公開、大恐竜が大スクリーンを蹂躙しているもようでございます。ということで!ムビトイも負けじと好きな恐竜映画を10本選出!映画館を恐竜が闊歩する今夏、家でも恐竜に踏み荒らされまくりましょう!

ロスト・ワールド(1925)

今から100年前に製作された元祖・恐竜映画。原作はアーサー・コナン・ドイルの『失われた世界』。ロンドンに住む青年エドは、恋人グラディスに求婚するものの、「アタシの夫は死をも恐れぬ勇敢な男じゃないとダメよ!」とすげなく振られ、冒険に出ることに決める。彼は恐竜生存説を唱える学者たちのグループに同行し、アマゾンの奥地へと向かうこととなった。結婚したいから恐竜探すぞ! という、この単純かつ力強い動機。人生こうありたい。

アマゾン編になってからは、ナマケモノとかクマとかサルとか、いろんな動物も大量出演していて恐竜映画と言うより動物園のようである。何せ100年前の映画なので、動物園に行ったことのない観客のため・・・というのもあるのだろうが。しかも類人猿も出てくるのだが、モサモサスーツに黒塗りのいでたちで、こちらは「ということにしといてください」臭がすごく、ズッコケる。やはり『恐竜100万年』のビキニ原始人には遠く及ばず。

さてさて、肝心の恐竜さんたちはというと、ティラノサウルス、ステゴサウルス、飛ぶやつ(名前知らない)、首の長いやつ(名前知らない)などなど、恐竜オールスターが一挙出演。肝心のティラノサウルスがアタマがデカい割に胴体が貧弱な格好悪いフォルムで、恐竜というより立ってる馬に見えるという不満点はあるものの、白黒ということもあってあまり違和感がない。表情も動いてちゃんと“芝居”するし、恐竜のバトルシーンも生き生きとしている。(といっても、生きてる恐竜を見た人はいないため、“生き生きとしている”と評するのは変な感じがするが)

すべての恐竜映画はこれの延長線上にあるんだなあと感じられる出来になっているので、一見の価値はあり。

アタイサン

前世紀探検(1954)

チェコ・アニメの巨匠カレル・ゼマンの世界はいつもふにゃふにゃしていて現実と夢の境がない。現実から夢へ、夢から奇想へとさも当然であるかのように流れるように移行していくその構成は夢幻の楽しさと美しさに満ち満ちて、すばらしい幻想世界へと観客を誘ってくれるのであるが、そのゼマンの恐竜映画が『前世紀探検』。

ゼマン映画らしく祖父か何かが残したスクラップブックを読んでいた少年が仲間たちと舟を漕いだらどんどん時間を遡って氷河期そして恐竜時代へ、という夢のような展開は良い意味でとても眠くなるもので、映画サイトを見たらあらすじ欄に「古代世界を舞台に彼らのサバイバルが始まった」とか書いてあったのだが、たしかに危機的状況には何度も陥るもののサスペンスとか緊張感とかそういう感じではなく、舟を漕いでどんどん過去へ、過去へ過去へと遡る中でマンモスや恐竜、なんかでけぇ鳥など図鑑の中でしか見たことのない様々な古代生物がストップモーションで現れ、観客は少年たちと共にかつて夢見たその異風景を楽しむという、観光映画のようなもの。

映画の原型であるキネトスコープやゾエトロープ、ファンタスマゴリを思わせるその光景は、映画を見ること、あるいは作ることの純粋な喜びを感じさせてくれるのだ。

さわだきんた

ドラえもん のび太と竜の騎士(1987)

原作者の藤子・F・不二雄先生が恐竜好きだったため映画ドラえもんには度々恐竜が登場しており、恐竜テーマの第1作目『のび太の恐竜』(※実はここに登場するのは恐竜ではなく首長竜のフタバスズキリュウというのは公然の秘密)を初めとして『夢幻三剣士』や『銀河超特急』にも恐竜が出てくるし、F先生死後の新映画ドラえもんシリーズでも『のび太の恐竜2006』、『のび太の新恐竜』と恐竜テーマの回がある。その意味では恐竜映画のシリーズと言えなくもない映画ドラえもんの中でも、最も本格的な恐竜映画がこの『竜の騎士』。

映画はネッシーの謎めいた映像から始まる。いつものように両親に干渉されない秘密の遊び場が欲しいなーなんてドラえもんにお願いしたのび太たちは地面に穴を掘って地下に秘密基地を作るが、そこからが急転直下。夜の町を草食恐竜が闊歩しているのを目撃し自分は一体何を見たのかと思い悩んでいたスネ夫が失踪、その足取りを追っていたのび太たちはやがて恐竜が進化し高度な科学文明を持つ恐竜人の統治する恐竜地底世界に迷い込むが、実はこの恐竜人たちには時空を超えた壮大な野望があった・・・というお話で、思いがけない展開がノンストップで連続し当時最新の科学的知見も取り入れたシナリオの面白さは映画ドラえもん屈指のもの、時間SFの醍醐味が詰まったクライマックスの大仕掛けと伏線回収の巧みさは他の恐竜映画の追随を今以て許さない。

キャッチーなキャラクターやテーマ曲がないためシリーズの中では比較的地味な扱いを受けているっぽい作品ですが、SF作家としてのF先生本来の持ち味と、そして恐竜愛が存分に発揮された、隠れた傑作であります。

さわだきんた

恐竜・怪鳥の伝説(1977)

時は70年代中盤、大ヒットしたかの有名な『ジョーズ』に影響を受けて東映が作り、当時はこれまた色んな意味で話題の(?)『ドカベン』と同時上映、そしてソ連で大ヒット(?)したパニック物。

富士の樹海に現れたプレシオサウルスとランフォリンクスはいかにも作り物ぽく、動きがぎこちない(特に終盤顕著)。人が大勢居るのにもかかわらずあまりに唐突な爆雷投下、パニック状態でも何故か延々と流れるミスマッチでムーディーなBGM、やたらギャーギャー喚くだけのヒロイン(残響あり)、グッドなのかバッドなのかよくわからないエンディングと突貫工事的に作られた作品と捉えても違和感無い内容に驚きですが、中盤捕食された女性をはじめ残酷描写は冴えており、他にも女性が着替えている建物のすぐ外を音を立てずに動く所にはさり気無い緊張感が有れば終盤の地割れも迫力なかなかの迫力。

怪鳥だけに(?)怪作と呼ばれるのも納得ですが、空回り気味ながら70年代の邦画特有のエネルギッシュさと濃いケレン味は感じ取れ、期待値を高くせずに観れば楽しめる作品だと思います。

コウキ

空の大怪獣Q(1982)

厳密に言えばこの映画に出てくるニューヨークの摩天楼に営巣する怪鳥はアステカ神話に登場する龍神ケツァルコアトルなので恐竜ではないのだが、神話上の生物とは言っても映画の中の姿を見る限り幻想的なところも神様めいたところもなく、単なる翼竜。ケツァルコアトルから名を頂戴したケツァルコアトルスという翼竜も実在したりするので、いや翼竜も首長竜と同様に厳密には恐竜ではないのだが、まぁ、まぁ、いいじゃないか!『ジュラシック・パーク』だって翼竜出るだろ!

そんな『空の大怪獣Q』は奇才ラリー・コーエンの監督・脚本作。もしも現代のニューヨークに翼竜が現れたら・・・という発想は『ガメラ 大怪獣空中決戦』に先駆けたもので、同作を象徴的するシーンとなった東京タワーで営巣するギャオスには『空の大怪獣Q』の影響を見ることもできるかもしれない。

ラリー・コーエン作品の面白さは様々な要素をミックスするところにあり、この『空の大怪獣Q』も序盤は連続怪死事件を描くミステリー、タイトルでぶっちゃけてしまっているとはいえその犯人が実は現代に蘇った怪鳥ケツァルコアトルだったと判明する意外性と、そこからのパニック映画(風)にジャンルを変えてのスペクタクルが見所だ。

多種多様な恐竜映画が作られてている今ではそのインパクトも薄いものの、大都会ニューヨークを翼竜的な巨大怪鳥が蹂躙する絵面はやはり面白い。80年代アメリカ映画らしい妙にうらぶれたムードもまた魅力の恐竜映画カルト作である。

さわだきんた

バンビ、ゴジラに会う(1969)

長い歴史の中でキングコングだのメカ何たらだの様々なモンスターたちと戦いを繰り広げてきた映画史上最も有名な怪獣(恐竜?)・ゴジラだが、なんとバンビとも遭遇していたのだ!それが1969年の短編アニメ『バンビ、ゴジラに会う』である。ほのぼのとしたBGMをバッグに花の匂いをかぐ可愛いバンビ、そこにオープニングクレジットが重なる。「原案:マーヴ・ニューランド 」「脚本:マーヴ・ニューランド」「振付担当:マーヴ・ニューランド」「バンビの衣装:マーヴ・ニューランド」「プロデュース:マーヴ・ニューランド」「マーヴ・ニューランド担当:マーヴ・ニューランドの両親」

バンビ衣装いらねえだろっ!いや全部一人だろっ!両親って何だ!と突っ込み終わったところで、唐突にバンビがゴジラに踏みつぶされ、終わる。そして「ゴジラを使用する許可を下さった東京に感謝します」との投げやりな謝辞。いや許可なんか取ってるわけあるかっ!・・・わずか二分にも満たない短編である。その潔い一発ネタへの振り切りっぷりは今でいうとこのYOUTUBEやSNSで氾濫するショート動画に似たものを感じなくもない。

それもそのはず、この作品はもともと学生制作のお遊びとして作られたものだった。それが身内で評判を呼んだのか、やがて全米の映画館でも上映されるようになったという。ド・ブロカの『まぼろしの市街戦』と同時上映されていた時期もあったらしく、当時のウケ方がなんとなく想像できる。

アタイサン

ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク(1997)

言わずと知れたジュラシック・パークシリーズ二作目。個人的にはシリーズ中でこれがダントツで一番好きです。平たく言えば恐竜島に侵入した愚かな人間どもが、バリエーション豊かな恐竜たちに、これまたバリエーション豊かな襲われ方をしていく。そしてラストはサンディエゴの街中でT-REX大暴れ!というのがキモの内容ですが、スピルバーグの冴え渡る演出とあとジョン・ウィリアムズの劇伴による見せ場、見せ場、見せ場の連続で、恐竜暴れまくり、善悪問わず人死にまくり(というか喰われるほどの悪人がおらん)と、とにかく最後までチョコたっぷり映画です。

半ば無意識のうちにジュラシックシリーズかくあるべし、恐竜映画かくあるべしという意識が植え付けられていたのか、人間ドラマに寄りすぎなきらいのあったジュラシック・ワールドシリーズはイマイチでした。ジュラシック・パークシリーズ、これ含めて全作オススメです!

グリ山 アツシ

火を噴く惑星(1962)

一昔前は『不思議惑星キン・ザ・ザ』と並んでよく名画座で上映されていたソ連カルトSFの定番作品も、最近ではめっきり話題に上がることがなくなってしまった。調査隊が敬語で話さないと命令を聞いてくれない万能ロボットのジョン氏を伴って金星に降り立ったところそこはぴょんぴょん跳ねる変な恐竜が闊歩し火山噴火で溶岩ドロドロという白亜紀のような場所だった・・・というこれといった個性のないありふれたあらすじは確かに現代ではさほど魅力的に映るものではないだろう。

いや、でもそれはたぶんこの映画がソ連カルトSFクラシックとして映画ファンに見られていた時代もたぶんそう。面白いのはお話ではなく妙にゆるく西側基準からすればピントがズレているように見えるユニークな描写の数々なのだ。かなりの緊急事態でも「敬語で話してクダサイ」とマイペースを崩さないジョン氏、工芸品的な美意識の光る骨董品のようなメカ群、泥と溶岩に覆われた黙示録的な風景の退廃的な美しさ、そして、にもかかわらずぴょんぴょん跳ねる着ぐるみ恐竜の緊張感の無さ、である。これらが渾然一体となって西側SFとは似て非なる独自の世界を形成し、曰く言い難い味わいを放っているからこそ『火を噴く惑星』はカルトSFとなって往年のSF映画ファンに愛されたのであった。

ちなみに、この映画はロジャー・コーマンによって米国配給権を買われた結果、コーマン名物の魔改造編集によって『金星怪獣の襲撃』へと生まれ変わった(生まれ変わらされた)

さわだきんた

キング・コング(1933)

これも広義の恐竜映画だと思います。確かにメインの悪役というか主人公はコングなのですが、コングの棲む島に生息している恐竜たちも、サブ的な感じで登場して、コングとのヒロインの取り合いをして戦ったりするのです。一方大多数の人間はサブのまたサブです。

自分はサイレント映画だった『ロスト・ワールド』(1925)を先に観ていたのですが、そこにコングというインパクト大のキャラクターを追加しつつ、特撮をはじめとして様々な面でブラッシュアップされて面白くなったような作品だと思いました。最後コングが本土に連れて行かれて暴れる展開も、恐竜からコングに変わっただけでほぼ同じですし。まずシンプルに特撮のクオリティが凄まじいですし、全体的にも今観ても非常に面白い傑作だと思います。オススメです。

グリ山アツシ

スーパーマリオ 魔界帝国の女神(1993)

恐竜映画の金字塔『ジュラシック・パーク』が公開された1993年、アメリカでもう1本の恐竜映画ビッグ・プロジェクトがお目見えしたことをみなさんはご存じだろうか。土管で地下に潜った先に広がる恐竜ランドを配管工の兄弟が冒険する映画・・・そう、『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』である。

名作『スーパーマリオワールド』を下敷きにハリウッドがあのスーパーマリオを実写化するというビッグ・プロジェクトに世界中のキッズは大喜び、のはずだったのだが!最近ようやく変わりつつあるようなのだがこの時代のハリウッドの流儀は「実写映画ならゲーム原作でもリアルにすること」。その流儀に従って『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』は魔界だけに壮絶な魔改造を施されることとなった。

ヨッシーとはなんであろうか。ゲーム上は何でも食べちゃう可愛い乗り物だが設定上は恐竜ということになっている。なら恐竜にすべきだろ!かくしてヨッシーはヨッシーでもなんでもなく『ジュラシック・パーク』もびっくりのヴェロキラプトル風リアル恐竜となった。キノコ王国とはなんだろうか。ゲーム上では現実世界のキノコとはほとんど関係ない可愛い絵柄だが、キノコならキノコにすべきだろ!こうしてキノコ王国の王様はキノコというかドロドロ滴る粘菌のようになった。クッパとはなんだろうか。よくわからないが悪いヤツだから不良俳優のデニス・ホッパーがキャスティングされた。敵はクリボーとかのノコノコとかではなく人間が恐竜変化させられたグンバというヤツ。公開当時、スーパーマリオの映画だと聞いて劇場に駆けつけたチビッコたちの悲鳴が聞こえる気がする。

しかし、『ジュラシック・パーク』と同年公開のハリウッド恐竜映画だけあって恐竜造型はハイレベルであり(マリオファンが求めているものは絶対にそこではないと思うが)、このぐらいの時代のアメリカ映画に多かったSFXアドベンチャーとして見れば、むしろその出来は平均以上、『ゴーストバスターズ』の恐竜版みたいな感じである。長らく黒歴史として扱われてきた『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』だが、恐竜映画と割り切って見れば大いに楽しめるのではないだろうか。

さわだきんた

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