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映画の世界の片隅で

【映画の世界の片隅で】3人目 『燃えよドラゴン』の1時間30分ごろにある乱闘シーンのエキストラの人

「Don’t Think! Feeeeeel…」
あまりにも有名なブルース・リーの名言が飛び出すのは代表作『燃えよドラゴン』の冒頭、リーが門下生に稽古をつけるシーンでのこと。「私を蹴ってみろ」言われるがままに蹴りを繰り出す門下生。リーはその蹴りをサッとよけると門下生を挑発するように叱りつける。「違う。エモーションでやるんだ」とリー。門下生は今度は少し怒ったように蹴りつけるが、リーはそれを再びかわして、少し語気を荒げながら、「エモーションと言ったんだ!怒りじゃない!さぁもう一度!」三度、蹴りを繰り出す門下生に、ようやくリーは満足げ。「それでいい。さぁ、今、どんな風に感じた?」そしてこのリーの問いかけに門下生が答えあぐねているところでリーが発するのが例の「Don’t Think! Feeeeeel…」、「考えるな!感じろ」なのであった。

さて、その『燃えよドラゴン』にこんな人物が登場することをご存じだろうか。場面は映画開始からちょうど1時間30分ほどのところに置かれた乱闘シーン、敵の首魁シー・キエンとその配下の格闘家たちにキエンに囚われていた格闘家集団が襲いかかり、画面の至る所で善と悪の格闘が繰り広げられているという映画のクライマックスである。誰もが戦っているので善の格闘家の一人ジョン・サクソンもまた戦っている。そのすぐ後ろに、カメラにきっちり映り込むジョン・サクソンの右側に、囚われの格闘家の一人を演じたエキストラの男がいる。この男、なんと大胆不敵にも肘をついて寝そべり、カメラに向かってちょっと笑っているのである。

『燃えよドラゴン』の撮影時、リーは人気の絶頂。ジョン・サクソンにしてもかなり小粒だとしてもハリウッド・スターであり、『燃えよドラゴン』は香港娯楽映画の殿堂ゴールデン・ハーベストと米ワーナー・ブラザースが合作したB級映画の大作である。普通、そんな映画にエキストラで出たとして寝そべったりできなくないか!?『燃えよドラゴン』のエキストラには擬斗を演じてもらう必要からか実際の不良が多数起用されたとの話もあるが、だとしてもあまりに神経の太い所業である。

いったいあのエキストラは何を考えて映画のクライマックスの撮影現場で寝そべってなどいたのか。…いや、考えてなどいなかったのかもしれない。リーの名台詞がこだまする。「Don’t Think! Feeeeeel…」彼もまた、感じるままに寝そべったかもしれないのだ。それはあるいは戦いというものに対する究極のカウンターとも取れる。『燃えよドラゴン』でも見ることのできるリーのトレードマークのひとつは敵を倒した後のなんとも言えない苦しげな表情だ。リーは武道の達人だとしても、いや、むしろだからこそ、むやみな戦いを決して肯定しない。

誰もが戦いに身を投じる戦争状態の中、それを嘲笑うかのように、完全なる無防備をさらすあのエキストラの男には、達人の達観すら感じられる。もしかするとリーの精神をもっとも受け継いだのはサモ・ハンでもドニー・イェンでもチャウ・シンチーでもなく、『燃えよドラゴン』の片隅でニヤけ面を浮かべて寝そべる彼だったのかもしれない。でも、少しは考えろよ。

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ゆるふわ映画感想ブログ映画にわか管理人。好きな恐竜はジュラシックパークでデブを殺した毒のやつ。Twitter→@eiganiwaka