【こないだビデマでこれ買った】Vol.30 『Il ritorno di Zanna Bianca』(邦題『名犬ホワイト/大雪原の死闘』)を買った
ビデマとフルチ!まるで鬼に金棒のような組み合わせである。イタリアの名匠ルチオ・フルチといえば少なくともこのページを開いてる人なら知らない人はいないであろう特定ジャンル界隈のビッグネーム、ビデマにももちろんイタリア映画棚の一角にルチオ・フルチの作品を集めたコーナーがある。が、今回買ったのはルチオ・フルチと聞いてとくに日本の映画ファンが思い浮かべそうなものとは少し趣を異にするソフト。アラスカ・ゴールドラッシュ(クロンダイク・ゴールドラッシュ)を舞台に狼犬ホワイト・ファングの活躍を描くジャック・ロンドンの人気シリーズ『白牙』を原作とするワンちゃんアドベンチャーZanna Bianca三部作の2作目Il ritorno di Zanna Bianca、邦題『名犬ホワイト/大雪原の死闘』のBlu-rayだ。
基本的にホラーとジャッロとあとマカロニ・ウエスタンもちょっとやってる監督として日本では認識されているフルチなのであのフルチなのにジャック・ロンドン原作のワンちゃん映画を?とクビを傾げたくなる人もいるかもしれないが、実はフルチは1959年から映画監督のキャリアをスタートさせた古参映画監督である。そのころイタリアン・ホラーはジャンルとして確立されていないので手掛ける作品は当時のイタリアの人気ジャンルであったコメディや史劇、ドラマといった要するに一般作品。そのキャリアと力量が買われてか既にこっちの世界に片足を突っ込んでいた1969年にもBeatrice Cenciという史劇を監督・脚本で発表しているが、このBeatrice Cenciというのはイタリア映画最初期から脈々と作り続けられてきた定番演目であり、日本でいったら何が適切だろうか、まぁ内容的には大幅に異なるが昔から何度も映画化されているという意味で忠臣蔵のようなものと考えてもらってもいいんじゃないかと思う。忠臣蔵を監督・脚本で映画化してしまえる監督である。少なくとも1969年時点でのフルチの業界内評価は『サンゲリア』以降のフルチがフルチとのファースト・コンタクトというわれわれが思うよりもずっと高かったのだ。
そんなフルチなのでジャック・ロンドン原作のワンちゃんアドベンチャーの監督として白羽の矢が立ったとしても驚くには当たらないし、これが実に堂々たるワンちゃんアドベンチャー西部劇になっていたとしても、驚くが驚くには当たらない。放浪のワンちゃんホワイト・ファングが新たな飼い主に拾われて辿り着いたのは雪に覆われたクロンダイクの小さな町。ゴールドラッシュに沸くその地では鉱脈の所有権を強奪しようとする悪徳銀行家の一派と町を守ろうとする尼僧が対立しており・・・というのがそのおおまかな筋だが、『真昼の用心棒』と『つむじ風のキッド』(脚本のみ)でマカロニ・ウエスタンの経験があったフルチはこれをイタリアらしい見事なセットと雄大な映像、戦後世代の監督らしいリアリズムで見事な娯楽活劇に仕立て上げた。
最大の見所はワンちゃん映画だけあってやはり終盤の集団犬ぞりレースで、ここは何十頭ものワンちゃんを起用し空撮を駆使することでスケールの大きい見応えのあるものになっているし、ミニチュア特撮雪崩は後年の『未来帝国ローマ』のヘボ特撮がウソのような安さを感じさせない立派なもの、犬ぞりに轢かれて人が死ぬ(犬は無事です)など後のフルチ映画を彷彿とさせる残酷趣味まであるサービスっぷり。悪徳銀行家の策略により人殺しの嫌疑をかけられたホワイト・ファングがまんまと乗せられた群衆によってリンチされそうになるところを逃げ回るシーンもフルチらしい執拗な加虐の描写(犬は無事です)とワンちゃんの迫真の演技によって迫力のあるものとなっているだけでなく、この映画の2年前にあたる1972年の『マッキラー』のリンチシーンを彷彿とさせるのも興味深いところだ。雪に覆われた町は『荒野の処刑』にも登場したし、こうして今の視点で見ると、ジャック・ロンドンが描く厳しい世界とそれを逞しく生き抜くワンちゃんの物語をソツなくゴージャスに映像化しつつ、フルチの世界観もそこに違和感なく溶け込ませた、フルチの映画監督としての巧みさが光る作品といえるんじゃないだろうか。
本国イタリアではともかく日本も含めて世界的にはまだイタリアン・ホラーの監督でわけわからん安いやつを撮る人という評価を脱していないっぽいルチオ・フルチ。今後もその評価が大きく覆る機会はかなり無い気がしているので、フルチファンであればこそ、『地獄の門』と『ビヨンド』と『サンゲリア』と『墓地裏の家』と『ザ・リッパー』という大名作ばかりをローテーションで延々見続けるのではなく、ぜひとも放浪のワンちゃんホワイト・ファングを見習って広大なフルチ世界を(主に輸入盤で)冒険してみてほしい、そう思わされる今回のソフトなのだった。