【さわだきんたの映画観客鑑賞録】第8回 『ムカデ人間2』の客と『俺たちフィギュアスケーター』の客と『真田十勇士』の客
映画は黙って鑑賞するものだというなんとなくの常識がまかり通っている日本では比較的珍しいこともあって、観客が大きく反応する映画は見ていて楽しい。コメディ映画で遠慮なく笑ったり(そんな当たり前のことも珍しいのが日本の映画館だ!)MCUのようなお祭り映画のサプライズ要素に拍手が巻き起こったりホラー映画を見て恐怖の叫びをあげ…はさすがにないだろうが、そんな映画は思い出に残る。新型コロナ禍の到来で現在は開催されなくなってしまったものの、観客がスクリーンに向けて叫んだりクラッカーを鳴らしたり歌ったり踊ったりする観客参加型上映も近年じわじわと広がりを見せていたことからすれば、日本の観客の意識も少しずつ変わっているのだろう。映画は観客が盛り上げるものだ。その例を二三思い出してみたい。
記憶する限りでもっとも観客の反応が面白かったのは新宿武蔵野館で見た『ムカデ人間2』。これは前作『ムカデ人間』ファンの男が自分でも複数人の肛門と口が接合された人間ムカデを作ろうと画策するメタフィクショナルな続編で、特筆すべきはなんと言っても前作を遙かにしのぐ残酷&汚物描写。純然たるフィクション映画のスタイルを取っていた前作とは異なりメタフィクショナルなこの続編の方は硬質なリアリズムのタッチを採用しており、観客は「現実に人間ムカデを作ったらどんな悲惨なことになるか」をうんざりするほど見せつけられることになる。
そんな映画を見た観客はどんな反応を示したか。実は上映中は水を打ったように静かだった。しかし上映が終了するや場内一気に賑やかになる。なんだか知らんがすごいものを見た! ロビーはさながらライブの帰路、女子高生たちはキャッキャとはしゃぎながら「ホチキスで留めてるんじゃねぇよ! ちゃんと留めろよ!」とツッコミどころはそこでいいのかわからないツッコミを繰り出し、くたびれた背広姿の中年男性客はいてもたってもいられず「これどこの国の映画!? すごかったよ! とんでもないねぇ!」とスタッフと映画談義モードに入る。女子高生軍団と一人鑑賞の中年リーマン男性と20代文無しフリーター(俺)が上映後一様に熱っぽく語り出す(俺は心の中で自分に対してだが)映画なんて他にあるだろうか。まぁ、あることはあるだろうが記憶に残っているのは『ムカデ人間2』なのだ。
女子高生の反応が良かった映画で思い出すのは渋谷のシネマGAGA!(現・渋谷HUMAXシネマズ)で見た『俺たちフィギュアスケーター』。ウィル・フェレル主演の凸凹男子フィギュアスケートコンビを描いたスポーツ・コメディだが、若年層中心に大入りの場内では女子高生三人組が引くほどウケまくっており、どれほどウケていたかといえばウィル・フェレルがしょうもない無邪気な下ネタ(チンが出るとかチンを隠すとかそのレベル)を繰り出すたびにガッハッハと手を叩いて大爆笑。いや、チンが出るとか出ないとかは面白いとしてもそんな手を叩いて笑うほどには面白くはないだろ!? 箸が転んでもおかしい年頃とはこういうものか。渋谷女子高生のエネルギーに感銘を受ける映画体験だったが近くに座った単身鑑賞オッサンがかなり迷惑そうな視線を女子高生三人組に送っているのが俺には見えてしまったのでなんか居心地悪かった。
以上二例は観客の反応がプラスの方向に良かった例だが、じゃあマイナスの方向に悪かった例は? といえば、堤幸彦監督作『真田十勇士』を挙げておきたい。これは楽天地シネマズ錦糸町(現・TOHOシネマズ錦糸町・楽天地)の大シアターで見たのだがその時の客、俺を含めて約五人。壊滅的な客入りは大いに鑑賞気分を盛り下げたが、上映終了後の観客の反応に更に気分は盛り下がる。「なんなんだよこの映画! 全然面白くなかったよ!」オッサン客が場内清掃に入ってきたスタッフにクレームを入れ始めたのだった。そんなクレームあるんだ!