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映画観客鑑賞録

【映画観客鑑賞録】第14回 金沢にあった駅前シネマの客

そういえば、と思い出してJR金沢駅からほど近くにある成人映画館・駅前シネマに行った時のことを書こうと思ったのだが、正式な館名があるかもしれないのでネットで検索をかけてみたところ、2020年にこちら閉館したとのこと。ただでさえ需要の少ない成人映画館が都心でもなく石川県金沢市(わざわざこう書くのは以前金沢旅行のことを人に話している時にただ金沢とだけ言ったら神奈川県の金沢区と勘違いされたからなのだが、いやそこで勘違いすることってある?)で2020年まで営業していたことは奇跡とまでは言わなくとも奇特な事例であり、驚くとすれば2020年まで営業していたことに驚くべきだし、惜しむとすれば遅すぎるのだが、それでもあの空間が今はもうないのだと思うと寂しい気持ちにはなる。

あれは何年前のことか、おそらく2018年だと思うのだが、俺が駅前シネマに行ったのはそこで流れる映画が目的ではなかった。新型コロナ禍が始まり映画秘宝が廃刊になるより前、金沢ではカナザワ映画祭というコアで刺激的な映画ばかりを流すイベントが毎年シルバーウィークの時期に開催されていて、2018年はその企画のひとつにバイオレンス映画オールナイトというのがあった。上映作品はたしか『時計じかけのオレンジ』と『スカーフェイス』と『ファイトクラブ』。実にブチ上がるラインナップである。

俺はこれを夜通し見たのだが、映画祭はシルバーウィークの期間中通して開催されており、オールナイトの翌日も朝から衝撃映画をほとんど休みなく連続上映。さすがに一睡もせずに再びカナザワ映画祭会場となっている都ホテル地下シアター(ここも数年前に駅前再開発によってホテルごと解体されてしまった)の門をくぐると死んでしまうので、とりあえず二時間ぐらいでいいから睡眠を・・・ということで寝るために都ホテルからほど近い駅前シネマに入ったのだった。

そんな非常識なと思われるかもしれないが成人映画館なんか映画を真面目に見ている人の方が圧倒的に少数派である。基本、客の目的はハッテンや露出。これ以外にない。はたして駅前シネマもそうだったかどうかは知らないが女装男娼の場合は成人映画館が仕事場であり、要するに成人映画館とはそういう場であって、映画館なのに映画を見る場ではないのである。成人映画館に行ったことがない人にはだいぶ奇妙に映るかもしれないが・・・。

ということで1500円払って半分廃墟と化した館内へ。客入りも廃墟かと思いきや場内には客が20人ぐらいはいたように見えたので、なるほど出会いの少ない地方都市、同性風俗がハッテンしてるわけでもないし駅前シネマのような場はゲイの人にとって貴重な性の遊び場だったのかもしれない。どこもボロボロで腰を下ろす部分が欠落しているものも一つや二つではない椅子の中からできるだけマシっぽく見えるものを選んで座り、コートを掛け布団代わりにしていざ睡眠・・・と思うとなにやら場内アナウンスがうるさい。「5番の方、車を動かしてください」「8番と11番の方、車を離してください」・・・そんなに駐車マナーが悪いのだろうか。

この時は気付かなかったが今思えばこれ、おそらく場内でのハッテントラブルや高度ハッテンに対する隠語めいた警告だったのだろう。詳しいことは知らないが一応映画館で営業届けを出しているのだしハッテン場であることを認めてしまえば法的にイチャモンがつくのかもしれない。むろん場内をのぞき窓かなんかから眺めて警告アナウンスをしている館主にしたって本気でハッテンをやめさせるつもりはなく、あくまでもウチではハッテンしてませんよというポーズを取るための口実作りのようなものなのだろうし、それはハッテンを求める客たちもわかっている。数分間隔でハッテン警告アナウンスが流れるのはもしかするとそうした事情を汲んだハッテン客と館主の駆け引き遊びという面もあるのかもしれない。

さておき、そんなこととはつゆ知らず眠ろうと努力する2018年の俺だったが、ふと気付けばさっきまで誰もいなかった隣に見知らぬ男が座ってる。警告アナウンスの意味にまではオールナイト明けということもあって頭が回らない俺でもこの見知らぬ男が無言でハッテン勧誘をかけていることぐらいはわかった。当然のことだろう。成人映画館に映画を見に来る人は基本的にいないので入ってきたとすればハッテン目的、しかも当時20代の見た目はともかく肌につやのある若い男となればハッテン勧誘をかけない手はない。まぁどうせ暗闇で顔なんかろくに見えないし、だいたい本格的にハッテンするのでなければフェ〇で用は足りるから顔なんか見ない。見た目に自信がない男の人は一度成人映画館でハッテンされてみてはいかがかと思う。きっと自信がつくはずだ。

ここではハッテンを求めずしかも映画も見ず寝ることが目的という俺が完全にマイノリティなので郷に入っては郷に従え、黙ってしゃぶ…ではなく別の席に移動する。それでハッテンが目的でないことは向こうに伝わるだろう。がしかし、見知らぬ男は引き下がらず再び俺の隣へと移動してくる。そんなに飢えているのか。飢えているとしても、ここがハッテン場だとしても、それはちょっと礼儀ってものがないんじゃないだろうか。今度は猶予など与えず速攻で別の席に移動し軽く心外のニュアンスも混ぜてみる。さすがに三度目はない。その男のハッテン歴は知らないが、ハッテン者としてこの男は脈なしと気付いたのだろう。一度目の移動で気付けやとも思うが。

だが今度はまた別の男が隣の席に来てしまう。一応通路側の席に移動して「片側に座席のないここに座ってるってことはハッテンの意志なしってことですよ」と示したつもりだったがやはり当たって砕けろ精神なのだろうか。仕方がないからまた別の席に移動する。するとほどなくしてまた別の男が・・・これが15分ぐらいは続いたかもしれない。こっちはもうとにかく眠りたい一心だし向こうはもうとにかくしゃぶりたい一心、人間の根源的な欲求同士の戦いである。だが、これだけ移動を繰り返せばさすがに最後列の席から場内を見渡している静観勢もしくは商売勢も「いやこいつは違うって」と判断したようで、以降はハッテン勧誘はなくなった。

もっともそんな環境ですやすやと眠れるわけもなく、十数分ぐらいは眠ったような気もするが、結局落ち着かなくて外の公園に出、浮浪者排除目的で横になれないように不必要な仕切りのつけられたベンチを憎々しく横目に見ながらテーブルにうつ伏せになって・・・しかしここから先は駅前シネマと関係がないからどうでもいいだろう。

駅前といっても今は亡き駅前シネマは壮麗なアーチが有名なJR金沢駅のド前にあるわけではなく10分ぐらい歩いたところにある、周囲は日中でも人気のない住宅街という立地の成人映画館。そんな場が今後作られることはないだろうから、大袈裟かもしれないが駅前シネマの閉館はひとつの歴史の小さな節目と言える。あの客たちは貴重なハッテン場を失ってどこへ行ったのだろうか。カナザワ映画祭会場の都ホテル地下には喫茶店があり、そこの水野晴郎似のマスターが映画好きだったからちょっと仲良くなったのだが、あのマスターはいま何をやっているのだろうか。駅前シネマでのしょうもないハッテン追いかけっこを思い出すと、なんだか少しだけなのだが感傷的な気分になってしまうのであった。

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ゆるふわ映画感想ブログ映画にわか管理人。好きな恐竜はジュラシックパークでデブを殺した毒のやつ。Blueskyアカウント:@niwaka-movie.com