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こないだビデマでこれ買った

【こないだビデマでこれ買った】Vol.4『The People Who Own The Dark』を買った

「恐ろしい怪作である。まず日本版のビデオが発売されることはないだろう」から始まる『ゾンビ映画大事典』の伊東美和氏によるスペイン映画『The People Who Own The Dark』レビューはこの本に収められた数多のレビューの中でもひときわ印象深いもので、高校時代に図書館で借りて読んでからというものいつかは見たいゾンビ映画の一本として『The People Who Own The Dark』は記憶のビデオ棚に収められていた。なにせ、そのレビューによればこの映画はゾンビ的な盲人が白杖を振り回しながら金持ちどもに襲いかかり、目の見える金持ちどもと盲人衆が殺し合う内容だというのである。それは確かに日本版のビデオ出ないよ。しかしそんな無謀な一本もビデマには素っ気なく置いてあったのだった。当然購入即決である。

映画はのほほんとしたどこかの僻地の日常から始まる。一見平和に見えるが時は1976年(製作年)ということでまだ東西冷戦による核戦争の恐怖が完全には過ぎ去ってはいない頃、いろんな業界の金持ちたちは僻地の古城地下に集まってSM乱交パーティを始めようとするのだったが、そんな時に限って核戦争がついに勃発してしまうのであった。理由はよくわからないが核兵器を食らった人々はみな放射能の影響で(?)目が見えなくなってしまったらしい。金持ちたちは幸運である、完全なる私利私欲で人里離れた古城地下にこもっていたがために核兵器の直撃を免れ視力が無事だったのだから。もうこの時点でわりとヒドい。

直撃を免れたはいいが核兵器は核兵器だから辺り一帯汚染されてしまってこれは大変だとさすがの乱交金持ちたちもちょっと慌てる。とにかく食糧を確保しなくちゃと放射能で汚染されただのなんだの自分たちで言ってるくせに防護装備ゼロでとりあえず猟銃だけ持って街に出かけた金持ちたちが見たのは放射能盲人たちであった。のちのち描かれる盲人たちの金持ち襲撃シーンを見ればこの映画が『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の影響下にあることは明白だが、ゾンビではないので目は見えなくなったが理性も知性も前と変わらず残ってる。だから話し合えばいいのだが、所詮乱交のために集まったモラルなき身勝手な金持ちたちなので食糧を巡って一人の盲人と言い合いになり、見えるが勝ちだというわけで撃ち殺してしまう。そのあとも健眼金持ちたちの視力特権をフル活用した狼藉は止まらずついに怒った盲人たちのリーダー(核戦争前から盲人だったので慣れてた人)は人々を率いて金持ちの籠城する古城を襲撃するのであった。

今こんなネタの映画を作ることは不可能とまでは言わずとも商業映画ではかなり難しいと思われるが、仮に実現できた場合でも『サウスパーク』みたいな過激なパロディとしてだろう。しかしこの映画は違う。日常崩壊の予感と古城の乱交パーティの淫靡なゴシック・ムードが交錯する序盤から殺し合いの果てに虚無が待ち受けるラストまでひたすらシリアスかつドライなホラーであり、金持ちたちをゾンビの如く両手を前に突き出して襲う盲人衆もストレートに恐ろしい存在として描写されている。実際、こわい。さまよう盲人たちに見つからないようその隙間を縫って息を殺した金持ちたちが移動する場面は金持ちだから別に死んでもいいのだがかなりの緊張感があり、盲人たちが金持ちを取り囲んで突き出した両手で金持ちを触知するや一気にわあと押し倒す場面など本家『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』以上の迫力があったんじゃないだろうか。そのガチめな怖さがただでさえ不謹慎な題材を一層不謹慎にして本作を日本ではほぼ発売不可能なレベルに至らしめている。

しかし、これは何も盲人が怖いとか気持ち悪いとかいう映画ではない。確かに盲人たちは金持ちどもを襲うがそもそも悪いのは先に盲人たちを撃ち殺しまくった金持ちどもであり、金持ちどもが盲人たちに対して恐怖を感じるのは自分たちがやってしまったことの罪の意識ゆえなのだ。食糧がなかったら分けて下さいとお願いすればいいのにそれをしない、謝って済む問題でもないが撃ち殺してしまったら素直にまずは謝るべきなのにそれもしない、結局その恐怖は核兵器の被害者である不憫な盲人たちによるものではなく、身勝手な金持ちどもが自分たちで作り出してしまったものなのだ。この映画がその点にあくまでも自覚的であることは、金持ちどもの半分くらいは盲人に殺されたのではなく仲間割れの結果、同士討ちで死んでいることから伺える。本当に怖いのは身勝手な金持ちどもという金持ち批判の映画なのである。

だからといってこの映画は核兵器の犠牲者であるところの盲人たちにも肩入れしない。ようやく盲人衆から逃げ延びた金持ちどもの中の金持ちじゃない二人(仕事とかで来てた)は防護服で全身を覆った軍人と思しき人間の運転するバスに拾われる。その中には金持ちどもと殺し合いをしていたのではない盲人たちが乗っており、どうやらこのバスは核兵器の被害者を救助し安全地帯まで連れて行くためのものらしい・・・と思ったのも(思いませんが)束の間、なぜか運転席との間に仕切り板のあるバスの座席にシューとガスの漏れるような音が響き渡る。金持ちどもの生き残りが不審に思った時にはもう遅い、それは移動ガス室であり、防護服の兵士たちは犠牲者を救助しているのではなく軍部の命を受けて核兵器によって汚染された人々を見つけ次第始末しているのであった。

ガス音をかき消すために兵士の一人はカーステレオのボリュームを上げる。響き渡るのはベートーヴェンの第九・歓喜の歌。やがてバスは死体処理場に辿り着き、盲人も健常者も関係なくみな死体となって大きな穴に投げ込まれ、歓喜の歌がますます大きく鳴り響く中でブルドーザーは死体の上に土をかぶせてすべてを抹消する・・・ここで映画は歓喜の歌を流したままエンドロールに入るのだがなんだそのパワフルな対置法は、『博士の異常な愛情』に匹敵するんじゃないかこれは。このオチは『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』および『ザ・クレイジーズ』のパクリと思われるが、パクリの一言では済ませられない痛烈な権力批判と容赦のない皮肉があり、このあたりこの時代のスパニッシュ・ホラーならではかもしれない。いやはやパワフルな映画だ、演出にせよ題材チョイスにせよ・・・。

監督はレオン・クリモフスキーで出演はポール・ナッシー、キャラを立てる映画ではなく状況の異常さで見せる映画なのでその印象は薄いが地味にスパニッシュ・ホラーの黄金コンビ作だったりする。DVDジャケットを見ると上の方にPOST-APOCALYPTIC COLLECTIONの文字があるからそういう選集(?)の一本なんだろう、海外ではそれなりにカルトな人気があるのかこのDVDにはスタンダード・サイズのオリジナル版の上下をカットしてワイドスクリーンにし4分短くなったビデオ収録短縮版の他、発掘されたプリントに基づくフルフレームの全長版も収録されていた。日本でもそのうち・・・はやっぱり無理ですよ、ね?

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ゆるふわ映画感想ブログ映画にわか管理人。好きな恐竜はジュラシックパークでデブを殺した毒のやつ。Blueskyアカウント:@niwaka-movie.com