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推薦ポエム品評会

【推薦ポエム品評会】第5回 『オオカミの家』品評会

著名人による新作映画の推薦コメント。それは今や洋画宣伝に欠かせない要素であり、ときにビジュアルやあらすじよりも強力に見る者の鑑賞意欲を喚起する。こうしたコメントは宣伝であるからして、それがどんなにつまらない映画でもあからさまに貶すようなものはない。しかし、とはいっても書くのは人間。コメントを頼まれたはいいが褒めるに褒められない、しかし頼まれた仕事は断れない。そんなこともあるだろう。また逆に、あまりにも映画が面白すぎて冷静にはコメントすることができない。そんなこともあるだろう。

そこに、ポエムが生まれる。商業と芸術、仕事と趣味、理性と感情のせめぎ合いの末に生み出される映画宣伝の推薦ポエム。宣伝の役目を終えれば誰に顧みられることもなく忘れられていく推薦ポエムを、確かに存在したものとして記録に、そして記憶に残す。そのために品評を行うのが本コーナーである。



子ブタを飼う少女のストップモーションアニメ映画『愛しのクノール』、極端に太っているためブタと呼ばれいじめられている少女がいじめっ子が殺人鬼に殺されるところを目撃してしまうサスペンス『PIGGY ピギー』と、ブタを題材にした話題作の公開が相次いだ2023年、その決定打といえるのはこの映画『オオカミの家』だろう。実在したカルト・コミューン〈コロニア・ディグニダ〉から脱走した少女の悪夢のような日々を、作っては壊し描いては上塗りしを繰り返して長期間制作の続けられたパフォーマンス・インスタレーションのコマ撮り撮影によるストップモーションアニメ化という斬新な手法で映画化したこの作品、童話「三匹の子ブタ」がモチーフになっているのか少女の他の主要キャラクターは二匹の子ブタであった。

その悪夢的な映像世界が話題を呼んで今夏東京のアート系ミニシアター、イメージフォーラムほか数館で公開されるやミニシアター系作品とは思えぬスマッシュヒット、急遽全国拡大公開が決定しイメージフォーラムでは現在も上映が続くロングランとなっている。ミニシアター系作品ゆえ大がかりな宣伝もなく、おそらくは口コミがヒットの動因となったであろうこの映画、となれば著名人による推薦ポエムも集客に影響を与えたことだろう。今回は『オオカミの家』の推薦ポエムを品評していきたいと思う。なお、『オオカミの家』は60分程度の中編映画なので同監督コンビによる最新作『骨』も今回の上映では併映されているが、今回引用したポエムはすべて『オオカミの家』についてのコメントと考えられるため、あくまでも『オオカミの家』の推薦ポエムとして評価を行った(引用はすべてhttp://www.zaziefilms.com/lacasalobo/より)

今までに観た事のない映像に出会えました。
アニメーションを超越して、
画面の中に確かに存在する世界がありました。
不思議な邪悪さに魅了され、
作品の中に流れる時間が
異次元に繋がっているような錯覚を覚えました。

伊藤潤二(漫画家)

「等身大」人形アニメ?
何ダそれ??
そもそも発想がそこに行かない、
「等身大」など思わない。
チリのヤバな2人組が御法度に踏み込んだ。
結果、時間が別次元に流れ出し、とてつもなく恐ろしい世界が炙り出た。
不世出なる不届者による極上の仕業に心底ヤラれた。

大竹伸朗(画家)

ストップ・モーションアニメという形態の作品の中でも
異彩を放っている。
ワンシーンが流れるように変異していく表現の数々は
さながら悪夢の世界。
二次元と三次元が交差する不気味な世界を
初体験できるだろう。

岸本誠(都市ボーイズ)

「異次元」「別次元」そして「二次元と三次元が交差する」、まず引用した以上三つの推薦ポエムはいずれも次元の語を用いて『オオカミの家』の異様な作品世界を表現している点で共通し、興味深いものがある。伊藤潤二と大竹伸朗のポエムでは更に「作品の中に流れる時間が異次元に繋がっている」「時間が別次元に流れ出し」と、次元と時間を結びつける発想も似ている。『うずまき』などで知られるホラー漫画家の伊藤潤二とコラージュ的な抽象作品で名を馳せる現代美術家の大竹伸朗、異なるフィールドで活躍する二人のアーティストの思考が『オオカミの家』という回路を通じて混ざり合ったのだと思えば、個のポエムの内容を超えて、その共振が『オオカミの家』という作品の持つ力を仄暗く暗示するようである。

子供の頃、強烈な高熱に魘されながら眠る夜に見た
脳裏にこびりつく悪夢。
幾つになっても断片的だが鮮明に思い出してしまうような
あの恐ろしい世界を
目まぐるしく浴び続けるようなワンダーランド。
強烈でおどろおどろしいストップモーションの世界に、
身体が緊張し息をするのを忘れてしまうような時間が詰まっている。
観終わってからも、心の中の”不安”の感情の部分を、
生暖かくザラザラしたものでずうっと撫でられているようだ…

中田クルミ(俳優)

森の中の一軒家で繰り返される、崩壊と再生。
蠢いては朽ち、また蠢く。
そして、ゆっくりと、私たちの眼に、耳に、
全身に張り付いて離れなくなる!!
どんなテーマパークでも体験できない驚異のライドショウ
鑑賞後の今も、彼らが頭の中を這いずり回っている。

ひらのりょう(短編アニメーション作家/漫画家)

美しくグロテスクに変容し続ける空間をカメラが常に縦横無尽に動いている!
まるで狂った精神世界を彷徨う、一人称視点のホラーゲームやアトラクションを 楽しんでいる気分にもなりましたが、それら以上に圧倒的に手触り感があり、 間違いなく他で味わえない体験ができました。
効果的な演出のために様々な素材や手法が使われており、 ストップモーションには無限の可能性が秘められている ことを感じさせてくれる映画でした。

見里朝希(アニメーション監督 / ストップモーションアニメーター)

「目まぐるしく浴び続けるようなワンダーランド」「どんなテーマパークでも体験できない驚異のライドショウ」「一人称視点のホラーゲームやアトラクションを 楽しんでいる気分」。これもまた興味深い共鳴現象、コメントは別々に取っているはずだが、あたかも示し合わせたかのように作品のアトラクション性に着目したのが以上三つのポエムであった。こうして並べたときに興味を惹かれるのはコメンターの年齢層だろうか。『オオカミの家』から「異次元」を感じ取る伊藤潤二と大竹伸朗はある程度年齢を重ねた業界のベテラン、対して同じ映画からアトラクション性を感じ取った中田クルミ、ひらのりょう、見里朝希はそれぞれの業界の若手といっていい人物である。YouTuberユニット・都市ボーイズの岸本誠は両者の中間といったところだろう。

ここからは映画というメディウムに対する年齢による距離感の違いが読み取れるかもしれない。映画に対してどこか巨大なもの、畏怖すべきもの、単なる娯楽ではないものを感じているように見える高年齢層のコメンターに対し、若年齢層のコメンターからはそうした距離の遠さは見出せず、もっと気軽に、かつ身近に、単なる娯楽のひとつとして映画を消費している印象を受ける。『オオカミの家』という映画から「異次元」の印象を受けることもある種オカルティックな身体体験であるとすれば、実は高年齢層のコメンターも若年齢層のコメンターも、この映画の体感性を語っているという点では同じなのかもしれない。ただその体験を神秘的なものと捉えるか、娯楽的・気晴らし的なものとして捉えるかで、表現に違いが出てくるのではないだろうか。

そうした点を踏まえた上で、今回の特賞はこちら。

本当は時間が空いたからプラっと入った映画館で、
何の前知識もなく本作『オオカミの家』と『骨』を
観ることが出来たなら、それがイチバン。
当然、そのためにも僕のいらぬコメントも避けたいところだが、
これだけは言わせて頂戴ね。
必ずや、貴方のトラウマ映画になる
ことだけは間違いありませんから!

みうらじゅん(イラストレーターなど)

『オオカミの家』のアトラクション性・見世物性をうまく捉えつつ、そのオカルト性・神秘性も見逃さずに「トラウマ映画になる」という表現でひとつに集約するあたり、さすが年齢や業界に縛られず越境的に活動するサブカルの大物みうらじゅん、と言えるかもしれない。その越境性は「イラストレーターなど」といういい加減な肩書きにもよく表れているのではないだろうか。他の人はみんなちゃんと書いてるのに「など」ってアンタ。まぁでも、「など」だなたしかに・・・特賞!

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ゆるふわ映画感想ブログ映画にわか管理人。好きな恐竜はジュラシックパークでデブを殺した毒のやつ。Blueskyアカウント:@niwaka-movie.com