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こないだビデマでこれ買った

【こないだビデマでこれ買った】Vol.17 『SHATTER DEAD』を買った

1979年の『ゾンビ』によって隆盛を極めることとなったゾンビ映画というジャンルは少なくともホラー映画の作り手にとってそのお手軽さが大きな魅力、観客に恐怖を与えるための凝りに凝った特殊造型モンスターや観客の耳目を引くための特殊な舞台を表現するセットなど必要なく、顔を青く塗っただけのゾンビと出演料のかからない役者の卵をどっかそこらの山小屋にでも放り込めばそれだけでゾンビ映画は撮れてしまうのだから、ブームに乗って一山当てたい山師たちが食いつかないはずがなかった。

こうして1980年代のホラー映画業界はほとんど同時に開花したスラッシャー映画と共にゾンビ映画が席巻する。しかし血まみれの80年代にも当然ながら終わりがやってくる。1992年、前年公開のサイコサスペンス『羊たちの沈黙』がホラーとしては初めてアカデミー作品賞に輝いたのだ。この快挙によってそれまで血みどろ&ぐちゃどろSFXの天下であったホラー映画業界は一気にサイコサスペンスのジャンルに傾倒する。『ハイランダー』のラッセル・マルケイも亜流『セブン』の『レザレクション』を撮り、『ゾンビ』のジョージ・A・ロメロさえ多少のスーパーナチュラル要素も含むとはいえ主軸はサイコサスペンスの『ダーク・ハーフ』を1993年に、ある日突然のっぺらぼうになってしまった男の凶行を風刺を交えて描いた『URAMI ~怨み~』を2000年に発表した時代である。そこにもはやゾンビ映画の居場所はなかった。

その後2000年代に入り『バイオハザード』と『28日後…』の登場でゾンビ映画は再び脚光を浴びて今に至るが、空白の90年代、メジャーな映画会社がゾンビ映画から手を引く中でこのジャンルを支えたのはビデオカメラを手にした自主ホラー映画監督たちだった。オラフ・イッテンバッハの『新ゾンビ』、ブライアン・クレメントの『ミートマーケット ゾンビ撃滅作戦』、マット・ジェイスルのThe Necro Files、と作品名を並べるとちょっとどころではなく相当心細いが、とはいえいずれも技術力はともかく面白いゾンビ映画を作ってやろうという気概に溢れた楽しいゾンビ映画ではある。

そんな90年代自主ゾンビ映画界にあって異彩を放っていたのがこのShatter Deadで・・・と書いてはみたが劇場公開なしは当然として日本版ソフトも過去に出たことがないため、このような自主ゾンビ映画があるという情報だけ『ゾンビ映画大事典』などで触れ、リアルタイムで鑑賞したことは当然ない。そのうえビデマでこの映画のBlu-rayソフトを見つけたときに貼られていた店長の解説文によれば長らくソフトが廃盤だったとのこと。というわけで90年代自主ゾンビ映画の嚆矢となった傑作として噂だけは聞いていた幻のShatter Dead、これは買って見るしかないだろう。

さてなにがこの映画に異彩を与えているかというと、ひとつはアートポルノ的なインモラルで冷めたエロ描写なのだが、ゾンビ映画的に重要なのはもうひとつの方、すなわちゾンビが人肉を食さないという点だろう。死の天使(爆乳)が舞い降りた・・・とかいうよくわからない理由で世界から死が消えてしまった。生命活動が止まれば人間は死ぬ。しかし死んでも普通に歩いたり喋ったりゲームしたりできるのである。このゾンビと生者の違いは身体の生命活動があるかないかでしかない。それだけでしかないのだが、死を失ったゾンビたちは生きる気力(死んでるが)を無くし、世界は崩壊の一途を辿っていた。ゾンビは死なないので老いることもないが成長することもない。生者ならちょっと怪我なんかしても生命活動によって再生するが、ゾンビが怪我をすればその怪我は一生治ることがない。食べ物も必要ないようだが、それは裏を返せば食事の楽しみがないということだ。生きることも死ぬこともできなくなったゾンビたちの多くはそんな次第でなんにもやる気が起きず街のあちこちに死体みたいに転がったりしているのだった。

主人公の眼光鋭い女はこんな終わった世界では少数派となった生者なのだが、なぜ生きているかといえば死ぬ機会がなかったからというだけで、とくに生きる目的などはない。ひょんなことからゾンビのコミュニティで一夜を過ごすことになった彼女はそこでの出来事を通して生者とゾンビに違いなどないのではないかと動揺する。いやむしろ、天命に狂ってゾンビ殺し(頭を撃てば一応死ぬらしい)を遂行するような一部の生者などに比べれば、ゾンビの方が人間らしいとさえ言えるのではないか?やがて恋人の待つ家に帰った彼女はそこで生きるか死ぬかの選択を迫られることになる。まさしく、生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ・・・。

このあらすじからわかるようにShatter Deadは自主ゾンビ映画の定番要素であるゴアやスプラッター、アクションなどの楽しいやつがほとんど含まれていない。エロは自主ゾンビ映画の定番見せ場といえるが、先にも少し触れたようにここでのエロは死の失われた世界でかろうじて生を実感できる行為であり、その演出は冷たく、ポルノ的な高揚からは遠い。映画の主眼はあくまでも死が失われた世界という特殊な状況設定でなされる生の本質とは何かという哲学的な問いであり、他者の存在の無根拠性を表す「哲学ゾンビ」なる概念もあるが、その言葉だけ借りればさしずめShatter Deadは哲学ゾンビ映画といえるだろう。

なるほどこれは異彩を放つわけだ。ちょっと似たゾンビ映画が頭に浮かばない(かろうじて『ウェイクアップ・デッドマン』が近いかもしれない)。起伏のない展開やシリアスで退廃的なムードにはゾンビ好きでも賛否が分かれるだろうが、自主ゾンビ映画特有の構図が締まらないゆるカットが見られず、しっかりプランとコンテを立てて撮影していることがわかるシャープな映像世界(そして地鳴りのようなアンビエント・ノイズの鳴り続けるダークな音世界)は、後の『28日後…』をほんの少しだけ彷彿とさせて、その独特の世界観ともども一見の価値があることは間違いない。幻の作品とは実際に見てみればなぁんだこの程度かとなるのが常だが、これに関してはそうならなかったので、確かに力のある映画なんだろう。

今回買ったSaturn’s Core Audio & Video版のソフトはBlu-rayということでマスターテープからレストアされた映像が収録されているしキレイはキレイなのだが、なにせ元はビデオ撮りなので限界があるというか、ぶっちゃけ画質がどうのみたいな映画でもない。Blu-rayの恩恵は映像面よりも特典にあり、まだ見ていないがコメンタリーとかオリジナルリリース時のバージョンとかインタビューとかなんとかかんとかたくさんある。こう変わった映画だとなぜ撮影に至ったのかとか着想源はどこかとかいろいろ気になるところはある。映画も良い映画だが、気になる人は深掘りできる、なかなか良いソフトなんじゃないだろうか。

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ゆるふわ映画感想ブログ映画にわか管理人。好きな恐竜はジュラシックパークでデブを殺した毒のやつ。Blueskyアカウント:@niwaka-movie.com