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底抜け映画再審理

【底抜け映画再審理】第7回 被告:『大日本人』

皆様お元気でしたでしょうか、ずいぶんとお久しぶりの更新です。

余りにも久しぶり過ぎて「とうとう出たね。。。」という感じですね! すっかりこのコーナーのことも忘れられてそうなのだが、いやこの映画を再審理してみたい! というネタはいくつかあったのですよ。俺が忙しさ(主にテレビゲームのプレイ)にかまけてサボっていただけでネタ自体はあったのだ! そしてその数あるネタの中で「今書くならこれやろ!!」というものがあったので久しぶりに再審理を開始したわけである。その映画のタイトルは見出しにもあるように『大日本人』である。

昨年末の週刊文春の記事により松本人志にスキャンダルが発生したのは皆さまご存知のところであろう。この文章を書いている24年の2月2日現在、松本人志は芸能活動を休止して週刊文春を訴える準備中とのことなのでまだまだ渦中のスキャンダルである。俺は文春の記事には目を通していないのでSNS上での伝聞や簡単なWEBニュースの記事でしか詳しいことはよく知らないのだが、何でも松本人志が後輩の芸人に素人女性を斡旋させて性的な行為などを強要していた、というのが大まかなスキャンダルの内容らしい。本コラムは松本人志の監督作品である『大日本人』を見直そうという趣旨のコラムなので文春に掲載されたような事実があったのかどうかは問わないし追及もしない。ただ、この一カ月余りの間に付与された松本人志の最新の人物像というものを念頭に置いて『大日本人』という映画を見ると、今までは見えにくかったものが可視化されて解像度がより上がるということはあるのではないだろうかと思うのでこのタイトルを選んだというわけである。

さて、その『大日本人』であるが本作は2007年に当時はお笑い界の天才の名を欲しいままにしていた松本人志の初監督作品であり、彼が所属する吉本興業の映画製作進出の第一弾でもあるというかなり記念碑的な作品である。製作は元ダウンタウンのマネージャーでもあり現吉本興業の代表取締役でもある岡本昭彦が務めて、脚本は松本人志と彼の盟友高須光聖の連名という松本人志がやりやすいという意味ではこれ以上ないくらいに盤石な体制で製作された映画である。ちなみに2007年の松本人志という存在は、未だに一部では根強いファンを持つ「WORLD DOWNTOWN」やその出演陣の豪華さで大注目を集めた「リンカーン」や、またソロ番組としてもカルト的な「働くおっさん劇場」を送り出した直後でありここ数年のスタジオで座ってVTRを見て特に面白くもないコメントを言って若手をいじるだけで大御所扱いされているだけのつまらない芸人ではなく、正に才気煥発と言うに相応しい時期だったのである。そんな松本人志が初めて映画を撮るというのだから、それはそれは大きな期待が寄せられたわけだ。

ちょっと本題からは逸れて個人的な昔話になってしまうが俺も公開初日の朝イチの回にダウンタウンファンの友人と一緒に観に行きましたよ。たしか上映が朝8時台とかの回で、当時はまだネット予約とかも無かったので万全を期して7時に渋谷集合という気合の入れようだったと思う。その感想としては、多分当時観た観客の感想としては結構主流派だったのではないかと思うが、期待ほどではなかったが処女作としては悪くないので次作に期待、という感じであった。さらに脱線すると本作は北野武の『監督・ばんざい!』と同日の封切で、一緒に観た友人と共にハシゴした記憶がある。確か渋谷から新宿に移動して今は亡き高島屋のテアトル・タイムズスクエアで『監督・ばんざい!』を観たと思う。その後の感想戦では「どっちも変な映画だったが武の方が面白かったな」という結論に落ち着いたと記憶している。まぁ『監督・ばんざい!』は脇に置いとくとしても、天才芸人として持て囃されていた松本人志の監督デビューとしては期待したほどではなかったというのが俺自身も含めた当時の主な反応だったのではないだろうか。

ちなみに愛と信頼のWikipediaによると本作の製作費は10億円で興行収入は11.6億円らしい。収支としては黒字なのだから興行としては失敗ではないのだが大成功と言えるほどでもないというしょっぱい感じである。さらに言うと松本人志の映画作品は今のところ全部で4作品あるが本作のこの興行収入が現状最高記録であり、その後は基本的には右肩下がりである。その事実をもって本作どころか松本人志の映画作品全てが駄作であるという印象が一般的になっている気がする(ちなみに『大日本人』のフィルマークスでのスコアは2.6である)が、本当にそうなのだろうか。期待外れのガッカリ映画という烙印を押された作品を再考し、その作品内にある面白さを発見しようという趣旨の本コラムにおいては、もちろん答えはノーである。

『大日本人』という映画は面白い。それも、23年末の松本スキャンダルを経て今見ると尚更のこと面白い、と俺は思う。

ではその面白さというのは何なのかというと、これはもう一言で表すなら『大日本人』という作品は松本人志のポートレイトとしてほとんど完璧に近いからだと思うんですよね。映画の内容は特撮パロディとでも言うようなもので、きっとみんなが「ウルトラマン」だったり「仮面ライダー」だったりを見ながら一度は考えたことがあるであろう、その作品内でのお約束の向こう側を描いたらどうなるだろうかというものだと言えよう。例えばウルトラマンと怪獣が街の中で戦ったらそれだけで被害甚大だよね、だからウルトラマンとか結構恨まれてるんじゃないの? みたいなことを巨大化して獣と呼ばれる大型の生物と戦う一族の末裔である主人公大佐藤の悲哀溢れる姿を通して描かれるのが本作である。それが松本人志という芸人にとってどのようなポートレイトとなり得ているのかというと、これはかつて伊集院光が松本人志を評した「松本人志の凄いところは『松本の面白さが分かるのは俺だけだ』とみんなに思わせてしまうところだろう」という評価を踏まえて考えると分かりやすいと思う。

本作の主人公である大佐藤は周囲からの非難や失笑に晒されながらある種のショーとしての怪獣(作中では“獣”と呼ばれる)との戦いに身を投じ、そしてその中で国外からの…というかハッキリ言えば北朝鮮を象徴する獣との戦いを経て国家を守護するヒーローとして目覚めるのかなぁ、目覚めてないのかなぁ、というくらいの塩梅になった辺りで映画は終わるのだが、それを観た客、特に重度の松本人志ファンはきっと「松本の言いたいことを正しく受信できたのは俺だけだ」となったに違いない。本作のストーリー上での見所はといえば、悲哀たっぷりで情けなくもあるがそれ故の親しみも持てる大佐藤が正真正銘のヒーローになれるかどうかというところであろう。それも日本を守るヒーローとして、である。少年漫画などでよく言われる、いわゆる「覚醒シーン」のようなものがあってそこから北朝鮮の獣を退治できるかどうかということが後半のストーリー上で注目される構成になっていることは疑いようがない。だが、本作は松本人志のこれまでの芸風と同じように王道を行くのではなくそこをスカして敢えて外した展開をさせるのである。本作の感想をざっと見るとやはりラストの展開が不評である率が高いように思う。本作を観た人なら分かると思うが、あのオチは風刺としては理解できるが娯楽映画としてはやはり釈然としないものだったのではないだろうか。

だが芸人・松本人志が凄いのはそのように王道を外すことによって上記したように「松本の笑いが分かるのは俺だけ」というある種の特別感、そのような覚者たる気分を観客に与えるということである。むしろ王道を外すということは特別な自分というその覚醒感の強さをより強く補強することにさえなるだろう。松本人志の映画作品では全作品に於いてその傾向はあると思う。ダウンタウンはそもそも師匠も持たずに伝統的な漫才の型を崩すことによって大衆の絶大なる支持を得たお笑いコンビである。それは松本人志単体のお笑い観の基本的なところでもあり、かつて彼らの漫才が横山やすしに「こんなんチンピラの立ち話や」と厳しく批評されたのを受けて「それが面白いのであれば立ち話で結構、むしろ漫才ですらなくていい」という趣旨のことを著書の中で語ったように松本人志という芸人(いやむしろ芸を持つ人ではないというのが正しいのかもしれない…便宜上芸人と表記するが)の根本の部分なのであろう。そしてそれは漫才やコントだけでなく彼の映画の土台にもなっているのだ。

本作では大佐藤が日本を守るヒーローである大日本人として目覚めそうで目覚めない。そこには今現在ほど保守思想に傾倒していなかったであろう当時の松本人志の伝統的な型に対する挑戦でありながら、同時にその孤独で無謀な戦いの中に身を投じる自身への自己愛が投影されているのである。そしてその挑戦と自己愛はそれを見届ける観客に対しても「俺だけが分かっている」という自己肯定を与える。それは一歩間違えば王道や大衆といったもの、あるいは社会といったものから眼を背けて自己の殻に閉じこもる非常に幼稚な自己愛へとも通じてしまうだろう。

その幼稚さの成れの果ては自分を大きく見せることができる場所で、自分のことを理解してくれる人だけがいる場所で、そこでだけ王様になることができればそれでいいといった閉じた世界でのボス猿になることに繋がるのではなかろうか。どこまでが事実なのかは知る由もないが、それはまるで今現在週刊誌などで報じられている老害となり果てた松本人志自身の姿のようでもある。何という皮肉か。伝統や型を嫌い、抑圧的な師匠と弟子の芸事の世界から抜け出した革新的なダウンタウンの松本人志が時を経て、自分の世界の内に他ならぬ自分自身によって壁を作り出してその壁の内側に籠り出したのである。

何度も書いているように本作では主人公である大佐藤がヒーローとして覚醒するか否かのギリギリの部分が描かれて、その結果が出ないままオチが付いてしまう。描写だけを見れば主人公は逃走したまま物語が終わるわけであり、そして作中ではその方が見世物としては良いとすら思われている節さえある。だが、恐らく今現在の松本人志が本作と全く同じプロットの映画を撮ったのなら最後は普通に主人公がヒーローとして目覚めて北朝鮮の獣をボコボコにして終わるのではないだろうか。これは特に根拠のない俺の予感だが、今の松本人志ならそういう映画を撮りそうな気がする。その点でいえば本作は筋肉という名のガチガチの保守思想を纏って自分しかいない張りぼての城に籠る前の作品なのである。いや、後知恵になってしまうが本作を含めた彼の映画が4本とも興行的にも芸術作品としても全く成功しなかったというその挫折が松本をそうさせたのかもしれない。笑いに関してはともかく、映画に関しては王道を外してなお魅力のある作品を作り出せるほどのセンスも実力も無く、そのうえ努力もしなかったことが映画での失敗に繋がったのだとしたらそれはお笑い芸人としての自身の人気に胡坐をかいた結果とも言えるのではないかとも思えるが…。だがそれは少なくとも本作中で描かれている大佐藤という大きくなれること以外に何のとりえもないしょうもないおっさんは、筋肉を纏って内側に引きこもる以前の素の松本人志に限りなく近い人物像であることを表しているのではないだろうか。大日本人になることができる大佐藤のその素顔は、これ以上ないくらいにちっぽけでどこにでもいるようなおっさんだったわけである。

俺が『大日本人』という映画が松本人志のポートレイトとして非常に優れており、今見直すことによってそれはほぼ完璧な自画像たり得ると思うのはそういう理由である。大佐藤が作中で真のヒーローとして目覚め、その結果として作中でも語られる往時の大日本人のようにチヤホヤされまくったら大いに増長してやがて暴君へと成り果てそうな感じはプンプンする。また、大佐藤は億単位の金を手にしても高級な料亭やレストランには行かずに自宅でカップ麺とか食ってそうである。良くも悪くもしょうもない俗人のおっさんなのだ。そして松本人志自身も天才的なお笑いのセンスを持っていること以外はそういうおっさんなのだろうと思う。

ハッキリ言って映画監督としての才能はそれほどないと思うし、事実本作に限らずに松本作品は設定だけは突飛だが各シーンは非常に単調でメリハリがなく控えめに言っても面白くはないのだが、だからこそ本作の途中に挿入される祖父を訪ねて老人ホームに行くシーンなんかは普通のおっさんの日常としてとてもグッと来たりはする。今回、このコラムを書くにあたって本作を見直した際にもっともいいシーンだと思ったのはその老人ホームのシーンだった。そしてそこも、お笑い以外はどうということのない単なるおっさんである松本人志という人間の素が出ている部分だと思えるのである。ちなみに見直していて一番痛々しかったのは大佐藤とその妻子を描いたシーンであった。あそこは現在の松本人志と重ねて見ると痛々しさと生々しさが半端じゃなくて本当に真に迫った悲しみがあったな…。まぁそれ込みで笑ったけど。

ついつい「控えめに言っても面白くはない」とか書いてしまったが、しかし松本人志という稀代のお笑い芸人の自画像としてここまで真に迫った映画は他にはないと思うので、そういう視点で見れば間違いなく面白い映画であろう。今にして思えば失笑してしまうところではあるが、奇しくもかつて松本自身がシンパシーを感じると言っていた画家であるゴッホもその代表作の中には自画像があるのだから「まっつん、ゴッホと同じやで」と言って慰めてあげたいような気がす…いやしないか…。

そういえば24年の2月上旬の現在、同じく性的なスキャンダルで数年間干されていたウディ・アレンの新作が久しぶりに劇場公開されているのだが、今も撮り続けているウディ・アレンは偉いなぁと思いますよ。コメディアン出身の映画監督としては松本人志とも同じだし松本もまた映画撮ればいいのになと思うよ。ヒットするかどうかは分からんが少なくとも俺は観に行くから。今だからこそ撮れるものもあるんじゃないだろうか。

まぁとにかく、本作はそれ以外の部分はともかくとしても松本人志の自画像としては間違いなく世界1位の映画である。よしんば世界2位だったとしても…? むろん、世界1位である。というわけで、今後監督がどうなるのかは現時点では分かりませんが、少なくとも『大日本人』は再審理の結果無罪です! いやー、10数年ぶりに見直したけど実際今見ると色々と味わい深かったよ。映画とはいつ見るかによっても印象が変わり、ワインのように熟成されていくものなんですなぁ。皆様もこの機に(嫌な機だが…)見てみてはどうでしょうか。面白いよ。

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