【さわだきんたの映画観客鑑賞録】第7回 『チキン・オブ・ザ・デッド』の客と『全力スマッシュ』の客
コメディ映画はお客さんを笑わせてナンボ。しんと静まりかえった映画館で観るコメディ映画ほど悲しいものはない。それが好きな映画なら尚更で、マイオールタイムベストの一本『不思議惑星キン・ザ・ザ』がリバイバル公開された際に客の笑わない劇場で観たときは辛かった。違うんだよそこで…その「あそこに宇宙人って言ってる人がいるんですけど」「通報しろ」って会話なんか爆笑でしょうが! その後の唐突なワープだってもう最高に最高の…なぜ黙ってる! なんともやきもきさせられて映画どころではないのだった。
その意味で『チキン・オブ・ザ・デッド』を新宿武蔵野館で観たときに目撃した客は理想のコメディ映画客といえる。この映画はトロマ映画の総帥ロイド・カウフマン入魂の一作で、トロマ的なエロ・グロ・風刺にナンセンスが次郎系もびっくりのテンコ盛り、ゾンビと怪鳥が血とウンコを撒き散らしながらアメリカ社会の歪みを告発し笑い飛ばす超インテリジェントな痛快作。買い付けたのは『ムトゥ 踊るマハラジャ』で第一次インド映画ブームを巻き起こした江戸木純で上映前には江戸木による作品解説がついていた。率直に言うが江戸木は基本的に裏方の人間なのでしゃべりが面白いわけではない。話している内容は面白いもののそれを面白く語るスキルはそれほどないのだが、そんな江戸木の作品解説にバカウケしている男性客がいた。
その客は(こんな映画の)最前列に座っていることからもおそらくはかなりの映画好きと見え、俺もよくわからない江戸木の映画ジョークをどうやらすべて拾っている。うーんマニアックなサブカル客がいるなぁ。それとも関係者だろうか? なんとなくもやもやを抱えたまま江戸木の解説は終わり映画の上映に。さて例の客はどうしたか。全てのギャグにウケまくっていた。しょうもないダジャレでも見逃さずに笑った。変キャラの出オチでも全力で笑った。そして彼が笑うことで「ここ、笑いどころですよ!」のサインとなり、他の客も一丸となって笑っていた。おお! なんと美しいコメディ映画の客席風景! 観客の笑いにも良い笑いと悪い笑いがある。自分だけ「私、分かってますけど?」的に笑うのはサブカル客とかオタク客がやりがちな悪い笑いだ。対して良い笑いは他の客を巻き込む。
すべてのギャグを拾う例の客の笑いにはサブカル客やオタク客に特有の嫌さがなかった。彼は純粋に笑っていたのだ。こんな客に恵まれてロイド・カウフマンも海の向こうでさぞ喜んでいることだろう。ちょっと感動してしまった俺は映画がエンドロールに入ると薄らと涙を浮かべながら例の客を見る。そのエンドロールはマイケル・ジャクソン『スリラー』のパロディで、彼がこの渾身のギャグをどう笑うか直接見たかったのだ。帰ってた。その客、マイケル・ジャクソン『スリラー』パロディの超面白いエンドロールに入ると他の誰よりも早く爆速でスクリーンに背を向け劇場を出て行った。お前あんなにドッカンドッカン笑ってたのにそこの笑いは拾いに行かねぇのかよ!!!!
すべてのギャグを拾う客といえば新宿シネマカリテで香港スポーツコメディ『全力スマッシュ』を観たときにも同様の客がいた。同一人物かとも思ったがこちらの客はエンドロール中もずっと笑っていたので別人らしい。そのエンドロールというのは登場人物の一人が少なくとも日本語字幕では全然笑えないすっとぼけたことを言い続けるもので、客席が水を打ったように静まりかえる中、たった一人だけあっはっはっわーっはっはっとすっとぼけ話に笑い続ける男に、客席謎の緊張に包まれる。だが間違っているのは笑わなかった俺と他の客なのだろう。邦題に合わせてか最後まで全力で映画を笑い、上映後は連れの人に対して「いや~可笑しかったねぇ~。だって○○が××なんだよ? くくく!」と笑いながらの感想タイムに入ったこの男を、俺はリスペクトしたい。コメディ映画の観客かくあるべし。でもどこがそんなに面白かったのか何度反芻してみてもぜんぜんわかんない。