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映画観客鑑賞録

【映画観客鑑賞録】第13回 『バビロン』と『大怪獣のあとしまつ』と他の客

先日デミアン・チャゼル最新作『バビロン』を見に行った時のこと、帰り際にトイレに寄ると順番待ちをしている観客たちの中にこんなことを言っている人がいた。「いちばんつまらない映画の教科書に載ってるやつなんだよ。一応ドライヤーは入ってたけど」ドライヤーというのカール・ドライヤー(最近はカール・テオドア・ドライヤーの表記が一般的らしい)のこと。『バビロン』の終盤には映画の過去から現在までを大急ぎでプレイバックするダイジェスト・シーンがあるのだが、そのダイジェストに引用される映画がありふれたものだった、というのがこの人の言いたいことだろう。

映画を見た後の観客の反応はさまざまだが、良い意味でも悪い意味でもその反応で映画体験が厚みを増すことはある。この『バビロン』の客の場合は「でたでた~映画オタク!」という感じで内心ニヤニヤ、その姿はなんだか劇中でサイレント時代の大スター・コンラッドのトーキー芝居を見て爆笑する観客たちと重なって、メタ的な面白さが生まれたりしたのだった。

映画体験の厚みが増した観客の反応といえば『大怪獣のあとしまつ』が忘れられない。個人的には怪獣映画ではなく風刺映画として面白く見たがネットを中心に一般の評判は最悪、次回はこんな怪獣がでてくるよ~おたのしみに~というおそらくは冗談であろうエンドロール後のオマケ映像の直後にはギャル系ねーちゃん観客からこんな独り言ツッコミを浴びてしまった。「期待できね~」。しんと静まりかえった劇場にはギャルの独り言もよく響く。あたかも観客たちの心の声を代弁するかのように発せられたギャルの「期待できね~」はしかし、このふざけた映画に対するツッコミとしてまことに正しいと言わざるを得ない。そうそう、ツッコミながら見る映画なのよこれは!どうもそうではなく本格派の(?)怪獣映画として受け取られてしまったのがこの映画の敗因だろう。続編、待ってます。

こんな良い観客ツッコミもあれば悪いとしか言いようのない観客ツッコミもある。確かこれは石井隆の『天使のはらわた』シリーズの一本、おそらく『赤い眩暈』か『赤い淫画』じゃなかったかと思うのだが、銀座シネパトスで行われた石井隆レトロスペクティブで見た際に近くの席に座っていた白髪の老人が「いつまでやってんだ。早く脱げよ」と苛立たしげにポツリ。確かに『天使のはらわた』はいくら芸術性が高くてもロマンポルノなのでエロ目的で見るのは正しいのだが、石井隆の映画は日本映画の到達点と考えている俺にとっては何言ってやがんだこの色ボケジジィ・・・ってなものであった。とはいえ、銀座シネパトスという都内一等地にありながら場末の香り漂う映画館で場末の香り漂うジジィの独り言を、場末の香りをまとった石井隆の映画を見ながら聞く。これはこれで得がたい体験だろう。

銀座シネパトスからは歩いて15分くらいと近くにあったこちらも場末感がありありの二番館・新橋文化劇場での観客ツッコミは俺が今まで聞いた観客ツッコミの中で一番味わい深い。昼間は暇を持て余した老人とサボり中の外回りサラリーマンが主要客で映画を見ているというより寝ている人も多かったこの映画館でその時かかっていたのはブラッド・アンダーソンの『リセット』。ある日突然世界から光が失われ人々が消えていき生き残ったのは主人公ら4人だけ、それも一人また一人と・・・という少し黒沢清の『回路』を思わせる不条理ホラーだ。これも個人的には楽しめたものの、概念的なものよりソリッドなものを好む新橋文化の客層にはやはり合わなかった。「低予算で作ればいいってもんじゃねぇだろ・・・」エンドロールに入るや否や飛び出す中年サラリーマンの独り言ツッコミ。だがそれでは終わらなかった。「黙って映画見てろよ」中年サラリーマンからは離れた席に座る別のオッサンが独り言ツッコミに独り言で応答したのだ。このパターンもあるんだ。むろん二人に面識はないようで場内が明るくなってからも顔を合わせることなどなかった。

『リミット』という映画は俺の見たところでは人間のディスコミュニケーションや孤独を主題としている。闇に包まれた世界で残された4人は交流を深めるどころかむしろ互いに離れていくのだが、それが上映されている映画館の暗闇の中でもまたオッサンたちが独り言に独り言で応答するという終わったコミュニケーションを披露していたというわけで、あたかも映画の中の闇が劇場まで浸食しているかのような体験にはゾクゾクしてしまった。最近では観客が歓声を上げたり手を叩いたりして映画を盛り上げる応援上映も(コロナ禍でしばらく行われていなかったのが)復活してきたようだが、応援上映でなくても観客の反応は映画を面白くする。みなさんもぜひ映画を見ながらブツブツと思ったことをつぶやいてみてはいかがだろうか。俺は静かに黙って見ているが。

2 コメント

  1. 面白い記事読ませてもらいました。
    特に「リセット」という映画を見たときの描写が良すぎてまるで自分もその映画を見たような感覚になりました。

    • ありがとうございます!
      新橋文化も今はもう無いですから、少しでもあの空気感が伝われば嬉しいです!

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ゆるふわ映画感想ブログ映画にわか管理人。好きな恐竜はジュラシックパークでデブを殺した毒のやつ。Twitter→@eiganiwaka