【映画観客鑑賞録】第16回 渋谷の映画館で見た『おとななじみ』の客
ティーン女子層をメイン観客と想定する少女漫画が原作の学園もの恋愛映画、通称キラキラ映画の観客は概して賑やかである。上映後のおしゃべりはもちろん上映中でもスクリーンに登場する男性アイドルの一挙手一投足にきゃっきゃと黄色い声をあげたり、主人公の多くが女性誌モデル出身の若手女優に「かわい~」と言ったり、もう少しガラの悪いタイプであればキラキラ映画特有のありえない展開にツッコミを入れたり。そうした観客は基本的に友達連れで来ている女子高生であり、よくアメリカの観客は映画にダイレクトに反応するから楽しいが日本人は静かに映画を見すぎるなどと言う人がいるが、アメリカ的に映画を見る観客層というのは実は日本にもいるわけである。
キラキラ映画の新作を追いかけるようになって数年。今ではそんな観客の反応もキラキラ映画を見る楽しみのひとつとなっているが、おそらく全盛期の2010年代後半に比べて2020年代はキラキラ映画の製作本数が激減、最近は月に一度程度もキラキラ映画の新作が見られず、ということはあの賑やかな観客の反応も見ることができていない。そうとなれば待望の新作キラキラ映画『おとななじみ』はやはり観客の盛り上がりがもっとも激しくなると考えられる「聖地」で見たい。女子高生がメイン観客であるところのキラキラ映画の聖地、とくれば渋谷HUMAXシネマであった。一階と二階にはディズニーストア、上の階にはかに道楽が入っている女子高生のために存在するような商業ビルにある映画館である。
今回のキラキラの男優側主演はジャニーズJr.のグループのひとつHiHi Jetsの井上瑞稀。かつてのキラキラ映画は売り出し中の本業若手役者が主演を務めることも多かったが、2020年代に入ってのキラキラ映画はその多くがジャニーズの若手アイドルであり、半ばジャニーズのコマーシャルムービーの様相を呈している。強力な固定ファンを持つジャニーズの若手アイドルが主演なら動員は保証されている。しかし気がかりなことがあった。言うまでもなく、ジャニーズの生みの親・ジャニー喜多川による所属タレントへの性加害報道である。日本社会がジャニーズに対して厳しい眼差しを向ける中、ジャニタレのファンが大多数と考えられる『おとななじみ』の女子高生観客たちはこの映画をどう受け止めるのだろうか。
映画関連展示物や写真撮影スポットの設置された渋谷HUMAXシネマのロビーは一人で来場の三十代フリーター男性には肩身が狭い大盛況。写真スポットは代わる代わるジャニオタ女子高生に占拠されふわっとした感じで列ができるほど。映画で使われた小道具などを見て「え、すごい」だの「いぇーい」だのはしゃぐ声とスマホカメラのシャッター音、笑い声がひっきりなしである。だが場内に入り映画が始まるやそのムードは一変した。誰も、何も言わない。全体的に静かとかいう話ではなく本当に誰一人何も喋らないで場内がしーんと静まりかえっているのだ。えっ!?と思った。女子高生も黙って映画を見ることができたのか!?それは少しバカにし過ぎているだろお前よりたぶん勉強してるから頭いいよみんな。
やはりジャニー喜多川ショックは大きかったのか。ロビーでは無邪気にはしゃいでみるものの、スクリーンに映る推し=HiHi Jetsの井上瑞稀ももしかしたら諸先輩方がジャニー喜多川から受けた性の洗礼、すなわち合宿所での闇夜に紛れた男性器しゃぶられの話を知っていた、にも関わらず黙っていた沈黙の共犯者かもしれないのだ。ひとたびそう思えばもう以前のようにピュアな気持ちでは推しに触れられまい。そりゃあ映画だって前みたいにぎゃーぎゃーやかましく騒いでは見れないよ。これではまるでお通夜。なんとも気の毒な話ではあるまいか、ジャニオタの女子高生は別に何もしてないのに・・・。
映画が終わり、場内の照明がつく。キラキラ映画もいよいよこれで終わりかもな、などと思ったり思わなかったりしながら席を立とうとすると、きゃあああああああああ!!!不意の出来事にギョッとしてしまった。事件ではない。上映中ずっと推しエネルギーを溜め込んでいた観客のジャニオタたちが一斉に歓声を放出したのである。ああ、そういう。なんか、ライブとかで曲の間は静かに聞いてるけど曲終わりと同時に歓声大爆発のあれ。映画なのに?別に舞台挨拶回とかじゃないからそこに推し本人もいないのに?
どうやらジャニー喜多川ショックは若手ジャニオタたちには見事にスルーされたようであった。HiHi Jetsの井上瑞稀だからというのも大きいのだろう。実際のところは不明だとしても井上瑞稀は現在22歳、ジャニー喜多川が(あの世に)イったのは2019年であるから、ギリでえじきを逃れた世代なのかもしれないし、上の世代の被害経験も知らなかった可能性も否定はできない。そうであればオタも安心して推せるし、まぁそうでなくてもぶっちゃけジャニオタは盲目だから瑞稀くんはあくまでも被害者ですということで推し続けるだろう。
それで良いんじゃないかと思った。ジャニー喜多川事件の全容は可能な限り解明されてほしいが(といっても本人が死亡している以上は難しいだろう)、そんな時代もあった、とその負の歴史を自分たちとは関係のない過去のものとしてしまう権利も若い人にはある。罪の精算はあくまでも負の過去を生きた大人たちがすべきことだろう。という、なにか感傷に近いものを感じながらひとり劇場を後にしたわけであるが、当然そんなシリアスな内容をもった映画ではないし、観客も何も考えないで友達と一緒に盛り上がるためにぎゃああああああと騒いでいただけだと思うので、ここに深い話はとくにないな・・・と、これを書きながら思考を訂正した。