『呪怨』シリーズで一世を風靡しＪホラーの旗手と目された清水崇は、いつからかすっかり本気で観客を怖がらせるホラー映画を撮らなくなり、同名のオバケ屋敷を3D映画化した『戦慄迷宮3D』などのアトラクションホラー、『犬鳴村』ほか村シリーズなどの企画ものホラーの監督となってしまい、後者に至ってはホラーが苦手な主に年少者に向けた話題作りのためか「恐怖回避ばーじょん」なるセルフパロディ的な別バージョンも製作されたほど。2014年には宮崎駿のアニメ映画版が有名な児童文学を実写映画化した『魔女の宅急便』の監督も務めており、もはや若い世代には清水崇は怖い映画の監督として認知されていないのかもしれない。

そんな中で発表された2023年10月現在の清水崇最新ホラー映画『ミンナのウタ』はEXILE TRIBEのGENERATIONSを本人役で主演に据えた企画色の強いホラーでありながら、かつての清水崇ホラーを知るファンからは久々の「怖い」清水崇映画として好評で迎えられ、GENERATIONSのファンも引き込んで興行的にもまずまずの成績を残した作品となったのだった。

さてこの映画を渋谷のヒップな若人が集う映画館、HUMAXシネマ渋谷に見に行ったときのこと。そのとき俺はホットドッグを食べながらこの映画を見ていて、HUMAXシネマのコンセッションで売っているホットドッグはオーブンでパンズを焼いているためアツアツのカリカリでおいしかったのだが、それとはまったく関係なく、ここってこんなに音響良かったっけとか思った。というのも『ミンナのウタ』はいわゆる絶叫系ホラーであり、ジャンプスケアのたびに登場人物が悲鳴をあげるのだが、その音声が場内を駆け巡るように感じられたのだ。

しばらくしてその理由が判明する。友達連れ、もしくは恋人連れの、声からすれば高校生～20台前半と思われる男性ヤングが、ジャンプスケアのたびに登場人物とメンタルを同調させて「うわああああああああああああああ！」大絶叫していたのだ。ときにその絶叫は登場人物の絶叫、およびびっくり効果音をゆうに超えた。「ぎゃあああああああああ！」「おぉぉぉあああああああああ！」。スクリーンから映像が飛び出してくる映画が3D、場内に施された仕掛けが映画の世界を拡張する映画が4Dなら、観客が恐怖音声を発することで映画の恐怖シーンをグレードアップさせるこれは5Dとでも呼ぶのだろうか。いずれにせよ、珍しい上映形態であることは間違いない。

これは推測だがこの男性ヤングは同伴していた友人もしくは恋人をちょっと楽しませるため、あるいは自分が面白キャラであることを印象づけるために「うわああああああああああああああ！」大絶叫していたのではないだろうか。推測を続けるが、だがしかし、男性ヤングには誤算があった。清水崇はＪホラーの旗手とされていたが日本的な湿度の高いホラー演出を得意とする監督ではなく、どちらかと言えば欧米ホラーを思わせるジャンプスケアを出し惜しみしない数打ちゃ当たる的なホラー演出でその作品を他のＪホラー作品と差別化することに成功した監督だったのだ。したがってその清水崇が怖い映画に回帰したと評価される『ミンナのウタ』もまた5分に1回はあるんじゃないかというジャンプスケア大豊作、男性ヤングは5分に1回「うわああああああああああああああ！」「うわああああああああああああああ！」「うわああああああああああああああ！」大絶叫することになったのである。

おそらく引くに引けなくなったんだろう。最初の方はあれだけ絶叫していたのに途中からはとくに叫ばなくなれば、「え、キャラだったの？」と思われることは必至。男性ヤングにとってそれはなんとしてでも避けたいところだったのではないだろうか。だが、絶叫キャラをあくまで演じ続けるという選択肢もまた茨の道であった。むろん男性ヤングにとってもそうだろうが、主に他の観客にとって茨の道であった。最初こそ男性ヤングの大絶叫に対して忍び笑いも聞こえたが、何度となく叫ぶうちにそれもなくなる。男性ヤングが5分に1回「うわああああああああああああああ！」大絶叫する異様ムードに対して場内は完全に「・・・・・・・・・・・・・・・」で応じていた。怖くなってしまった。他の観客の見えない敵意がグサグサと肌で感じられたからだ。俺が何かしたわけでもないのに。

上映終了後、きっと男性ヤングの友人もしくは恋人は彼の大絶叫っぷりをネタにして笑ってやるのだろうなと思ったが、そんな気配はとくになく、というかホラー映画上映後の若者に付きものの歓談すら男性ヤングの方からは聞こえなかった。もしかしたら男性ヤングは同伴者にちょっとキレられていたのかもしれない。別の席のオバチャン二人組は「迷惑だよねぇ」などと聞こえる声で言いながらロビーへ出て行く。なんなんだこの空気は。怖い、これは怖い。『ミンナのウタ』、なるほど確かにホラーファンが清水崇 is BACK！と叫びたくなるのもわかる、怖い映画だったと思う。映画というよりも映画館の空気が、だが。